「大事なものは缶に入れる」という文化を残していきたい
vol. 24 2026-06-01 0
おはようございます。側島製罐の石川です。
今日から6月ですね。このプロジェクトも残すところ1カ月となりました。現在いよいよ本当に”凪”と呼ばれる期間に入っているかもしれず、400人から先のプロジェクト参加者を募るのに苦慮していますが、みなさまのお力も借りながらなんとか乗り越えていきたいと思います。最後の30日間、どうぞよろしくお願いします!
今回は「大事なものは缶に入れる」という文化について、書いてみたいと思います。
「大事なものは缶に入れる」というのは日本の独特の文化だと思っています。
どこから始まったのかというと、たまたま高度経済成長期のお中元お歳暮で銀色の大きい缶がたくさん使われていたところだと思っていて、当時はまだ収納容器なども充実しておらず一戸建てでタンスや押入れの中のオーガーナイザーもなかったので、この大きな銀色の缶が入れ物として重宝されていたのだと推測しています。子供のおもちゃ入れだったり、食べかけのお菓子を入れたり、薬や裁縫道具を入れたり、二次利用でも缶はその保存性という昨日を存分に発揮して活躍してきました。
しかし、経済が成長カーブを描かなくなり、お中元お歳暮の出荷量も年々減少、各世帯の核家族化や家の狭小化、収納道具の充実なども相まって、缶の活躍の場は無くなっていきました。あの大きな銀色の缶はほとんど出回らなくなってしまってしまって、銀色の大きな缶をつくる生産ラインも昔は一日中稼働していたのが、今では週に何日か、数時間動かすだけになっています。
だけどやっぱりあの大きな銀色の缶には不思議な魅力があって、ぼくはすごく好きなんですよね。何でも入る大きさ、大事に取っておけそうな安心感、何となくその時捨てづらくて缶の中に入れておいたものが、いつか見たときに大事な想い出の品に変化していたりすることもあります。額縁に入れたりどこかに飾ったりしているものではなく、缶の中に入っている当時のままのものに一つずつ触れながら自分の人生を振り返って昔のことを懐かしんだり愛でたりするのが、僕は日本人らしい慎ましやかで静かな所作でとても好きだなあと思っています。
文化とはなくなってから気付くものではないでしょうか。柳宗悦さんが日用品に美と職人の手仕事の価値を見出して民藝運動を起こしたように、誰かがその声を上げて活動しない限りは文化はなくなってしまいます。自分はたまたま缶屋のアトツギとしてこの世に生を受けただけで、ややもすると缶屋のポジショントークのように見えるかもしれないけど、でも自分の人生では缶の中に大事なものを入れてきた原体験があります。缶があればきっと自分の大事なことに気付くことができる、誰かの大事なものがふえたら、世界はもっと愛情深く優しくなると思う。そう信じているので、日本の缶の文化をこれから先の未来でも残し続けていきたいなと思っています。
-------------------------------------
本プロジェクトにご共感いただけたら、ぜひ力を貸してください!コメントやシェアのひとつひとつが大きな励みになります。一人でも多くの方にこの本が届きますように。
側島製罐120周年社史書籍プロジェクト。
缶を愛する人に届ける、120年つくってきた缶のこと。
https://motion-gallery.net/projects/SOBAJIMAcanCOMPANY-120th
- 前の記事へ
- 次の記事へ
