吉田トオルさんの参加決定の日
vol. 77 2020-12-03 0
76日目終了。
一歩立ち止まる。そういう日だってあるだろう。
昨日までの勢いを考えれば今はラストスパートに向けての一歩。
そう考えて、足を前に運び続けるしかないと思っている。
プロジェクトページを更新した。
音楽に吉田トオルさん。
劇団の全ての作品の劇伴をオリヂナルで製作してくださってきた。
もちろん映画「セブンガールズ」もそうだった。
そして僕が初めて監督した「オクリビ」の音楽もだったし、この「演者」の舞台版も楽曲提供してくださった。
音楽は吉田トオルさん以外に最初からあり得ない。
別に今日まで発表を待ったわけではない。
本当にずっとオファーをしていなかった。
正確には劇団の最後の呑みの席に来てくださっていてその時に少し話していたけれど。
その時にもちゃんと伝えていた。
このクラウドファンディングが最低70%超えない限りはオファーをしないと決めていた。
じゃなければトオルさんの名前でクラウドファンディングをする形になってしまうかもしれない。
自分個人で道を切り拓いて、予算的に音楽を最低限頼める状況にならない限りはオファーをするべきじゃないと自分の中で誓っていた。
11月中に100人という目標はそういう次のステップのために自分の中で立てた目標だった。
トオルさんには、やるよ、いつでもいいよと言ってもらっていたけれど。
そこは自分にきちんとけじめをつけないと、ただ甘えてしまうことになると思った。
一緒に創作をするのだから甘える気持ちがあれば、そこに何か違和感が生まれかねないと思う。
もう一つ。
ただお願いするだけではいけないのじゃないかと自分の中で思っていた。
劇団でも吉田トオルさんとの連絡はずっと僕がやって来た。
ある意味で完全にお任せという形に近かったんじゃないかと思っていた。
曲を書くことが出来る時期を聞いて、その日までにあがった台本を送る。
稽古場でその後の展開やテーマについて少しでも話があったらそれを追記する。
キャスティングが出来ていたらキャスト表を創ったこともあった。
その上でテーマ曲と、いくつかの劇伴をもらって稽古場で音を出せる状況を創る。
ある程度音を出しながらの通し稽古を観てもらって、そこから修正や追加曲を製作していた。
結果的に毎公演、オリジナル曲を20曲以上書いてくるというすごい仕事量だった。
映画「セブンガールズ」でも同じような形だったと思う。
舞台版で既に物語は熟知していたトオルさんは撮影前の時点でかなりの曲を書いていた。
粗編集版が出来てからそれを送ると、どんどん曲が出来ていった。
結果的にほとんどの登場人物にテーマ曲があり、使用しなかった曲も含めて30曲近く書いてくださった。
全ての楽曲の音が入るタイミング、音が切れるタイミングまで指定する、いわゆる「音楽監督」として参加してくれた。
もちろん、監督が変更した部分も何点かあったのだけれど、大部分をお任せという形で依頼したし、それをクリエイティブに取り組んでくださった。
同じように今回も、、、と頼むことももちろん出来るけれど。
際限なく数十曲を書いてしまうようなお任せではいけないんじゃないかと考えた。
僕とトオルさんの関係性は少し違うし、トオルさんが作品にどんどん近づいてくれることも気付いていたから。
それがどんなに素晴らしいのだとしても、同じやり方をお願いすることに違和感があった。
編集が終わりました、音をつけてください!というのはこの作品にそぐわない。
むしろシーンと曲が合わないような状況でも、何かが成立する可能性があるんじゃないか。
自由に、クリエイティブに、楽曲製作していただいて提供していただいたものを配置する。
その方法でいけないだろうか?と考えていた。
映画「セブンガールズ」で結果的に組曲のようになった楽曲があった。
そのイメージが鮮烈に残っていて、新しい何かのはじまりになるきっかけのように感じていた。
壮大な何かに一歩踏み込んだ気がしていて、そのパワーをぶつけることが最初のイメージだった。
そんなことをずっと考えながら。
どんな形でお願いするべきか、じっくりと検討を重ねていた。
自分自身でしっかりと説明できる状態をキープしたまま。
シナリオの第二稿と、いくつかの曲のタイトルを送った。
タイトル以外のものは一切ないままだ。
曲調も、楽器の指定も、テンポ感も、一切の注文することはやめにした。
限られた数の楽曲のお願い。
タイトルには観念的な意味が十分に込められているはずで。
それで楽曲提供をして頂いて自分で配置することを目指そうと思った。
曲の一部を使用したり、全編を使用したり、別アレンジをお願いしたりはあるかもしれない。
けれど、まずワードを自分の中から出して、その観念の中での楽曲を聴きたいと思った。
恐らくここでこの曲を使うの?ということが出るんじゃないかと思う。
でもそういうことがあるほうが面白いと思った。
もちろん、配置後に一度確認してもらう前提でだけれど。
実際にそういうやり方は別に普通に存在するのだから。
今までの数十曲ではない、限られた曲数。
そんな形のお願いをして断られる可能性も充分に覚悟していた。
これじゃわからないよと言われるかもしれないと思っていた。
もう少し詳しく説明が欲しいと言われれば説明出来る準備もしていた。
けれど、そのお願い一発で「了解」とだけトオルさんから返信が届いた。
多くの言葉は必要なかった。
お願いしたタイトルと曲数はどんなイマジネーションを生み出すだろう。
想像するだけでワクワクする。
いや、軽く想像を越えてくるのだろうと思っている。
芝居や映像のテンポに合わせていないやつだ。
たった一つの観念的なワードを頼りに生み出されたものこそ、この作品に必要なのだと思う。
僕は世界と対峙したいと考えているのだから、トオルさんの世界を聴かなちゃいけない。
それはきっと音楽に限らない。
表現の幅をどこまで広げることが出来るかの勝負だ。
発表をして。
その後、とある方から一本のメールが届いていた。
それはとっても嬉しい内容だった。
脚本を読んだうえでの、ご意見だった。
それを何度も何度も読み返した。
こんなに伝わっているのかと驚くような内容だった。
何か凄いものに辿り着けるかもしれないという勇気をまた一ついただいた。
いや、辿り着かなくてはいけないのだと思う。
何かをお願いするにしても。
自分の中でこれだという何かをみつけてからにしているのも、そういうことだ。
必ずそれは伝わる。
必ずそれは形になる。
そこにパワーが漲っていなければ、緊張感が生まれることはない。
震えながら。
一歩ずつ進んでいく。
進みながら。
確実にプロジェクトの強度が上がっていく。
そしてその深度を更に深くしていくしかない。
友達同士で集まって楽しく映画撮影でもいいのかもしれない。
そういう作品だって、僕は個人的には大好きだ。
ただこの作品は違う。もうそういう場所ではやっちゃいけない。
圧倒的な弱者でもある僕たちは、強度を高めた作品を世に放つべきだ。
世界が見逃せない作品にしてやる。
どうしてもスルーなんか出来っこない作品だ。
77日目が始まる。
11週目最後の日。
今日もまた何かが進むだろう。
小野寺隆一