制作日記 16「Flowers」完全版
vol. 34 2024-06-13 0
vocal:MORRIE programming & guitar:土屋昌巳
bass:岡野ハジメ
遅くなってしまいましたが、振り返って4月に3日間行われたこちらのレコーディングセッションの様子をDZTPイトハルのリポートと中の人Hの土屋さんインタビューでお届けします。
「Flowers」は1986年のDer Zibetセカンドアルバム"Electric Moon"に収録(CD化に際してライブ2曲が追加され"Electric Moon & More"となりました)され、その後もISSAYが歌い続けた代表曲の一つ。'94年自らのソロアルバムも"Flowers"と名づけるほど、Flowersという言葉はある意味ISSAYの象徴と言えるでしょう。このトリビュートアルバムのタイトルも”ISSAY gave life to Flowers" とさせていただきましたが、全てはこの曲から始まったのです。
そんな代表曲「Flowers」をKA.F.KAとしてISSAYと共に活動された日本のレジェンド・ミュージシャンでもある土屋昌巳さんと、ISSAYと同時代を生きてきたカリスマ・ボーカリストのMORRIEさんにカバーいただけたことはとても意義深く、アルバム制作委員会としてはこの組み合わせの実現にもご尽力いただきました岡野さんに深く感謝しております。
まずはイントロダクションとして3月16日の岡野邸でのミーティング。3月2日EXシアター六本木のMORRIE還暦記念祭で同じステージに立ったMORRIEさん、土屋さん、そして岡野さんが初めて曲に関して話し合いを持ちましたが、そこでアレンジを担当していただく土屋さんからはこんなキーワードが出ていました。
「夜明け前の月」 「霊言」 「風景のようなサウンド」 「少し遅いテンポ」
このミーティングは土屋さんがご自身の内にあるイメージを他の二人と共有して「こんな感じで作ろうと思いますが、これでいいでしょうか」という確認をしていたのだと後からわかります。「コントラバスの実態がなくなったような、大蛇がうねうねしてしているようなベースが下の方にいる」「変なシンセ」「4AD」というイメージやキーワードも出ました。そしてギターの録音に2日下さい、アンプはFenderかVOXのものがあると助かりますとも。
そして意外だったのですが、土屋さんは音楽の話になるとおしゃべりが止まらないということ。私イトハルは岡野邸への行き帰りにこの日を含めて4日間車中ご一緒しましたが、レジェンドから聞ける貴重なお話の数々を堪能させていただきました。
4月18日(木)ギターダビング初日
13時に待ち合わせて土屋さんと一緒に岡野邸(INFANTRON studio)へ。車中ではいろんなおしゃべり。ご自身の録音を96kHzにすることは中域の倍音へのこだわりだということや、トム・ヴァーレイン(The Television)の伊沢音階の話など。そして私からは小林祐介さんから土屋さんにギターレコーディングの依頼があったことをお伝えし、是非にということになりました。
実はこの日まで土屋さんは徹夜でアレンジ作業に没頭されていたことを後で知るのですが、ご持参いただいたUSBメモリーには実に素晴らしいトラックと土屋さんの仮歌が収められていました。
この日ご持参されたのはベーシックトラックのUSBメモリー以外には、GUILDのセミアコースティックギター、Fenderストラトキャスター、そしてエフェクターケース二つ。
土屋さんがプログラミングされていたのは、ヴェルベットアンダーグラウンドのような立って叩く(バスドラムの代わりにフロアタム)イメージのドラムトラック、アルペジオや不思議なコード感のギター、ピアノ、そして不思議なシンセの響き . . . 。
さて、音源に入っているガイドのギターを生で弾いて録り直していく地道な作業がスタートしました。こちらで準備したアンプは「Perfect Kiss」「灯を消して」の2曲でレコーディングを終えたアサキさんからお借りしたフェンダーBlues deVille。土屋さん50年代発売のオリジナルを実は持っているとのこと。このレプリカモデルではツマミの並びが逆で正面から調整しやすくなっている、リバーブが追加されているなど変更があるとのことでした。
3時半:GUILDのセミアコをアンプに通して(コニヤン曰くデイブ・ギルモア風なフレーズ)を先ず録音 〜 3時50分:チューニングを変えてサビのアルペジオ 〜 4時15分:チューニングを戻してサビ後のブリッジのコード弾き 〜 4時半:再びサビのアルペジオ
休憩中には土屋さんが「ここいいですよね、居心地が良くて夜中までずっと作業していたい」とリラックス。岡野さんは「近所にあらゆる神様がいます 神社や教会がたくさんあるし、風水的にもいいんです」とのお話も。
4時50分「トレモロをかけたいのですが何かありますか?」との土屋さんの呼びかけに、岡野さんは待ってましたと言わんばかりに「人生でベスト・トレモロがこれです」と写真のトレモロが登場。これがその後も大活躍でした。
5時半:土屋さんは一旦休憩していただいてお食事の間に、岡野さんはベースの準備
6時:岡野さんベース録り。岡野さん「こんな変なのでいいですか?」土屋さん「そっちの方が面白いと思います」などと和気藹々としながらベースの録音を終えてこの日は8時頃に終了しました。
19日(金)ギターダビング2日目
2時半:岡野邸着(最近岡野さんに「INFANTRON studioという名前がちゃんとあるんです」とご指摘受けました。皆さんも覚えてくださいね。) 〜 2時50分:セミアコの続き(土屋さんは1Fのブースで録音)
岡野さん「アコースティックギターをアンプで鳴らす良さを初めて知ったのが、DER ZIBETのヒカル君がやっているのを見た時なんですよ」と土屋さんに。サードアルバム収録の「Pas Seul」(一人舞い)をヒカルがそうやって演奏していたことを思い出します。
3時40分:イントロのギターのリバーブ感に「これはクリス・アイザックの"Wicked Game"のあれですね」と岡野さん興奮気味。実は私もデビッド・リンチ監督の「Wild at Heart」の音楽でクリス・アイザックにハマった一人で、同様に興奮してしまいました。
テイク2:土屋さん「マイク・ブルームフィールド入ってましたね」、テイク4:岡野さん「入り口のセクシーさはこれが一番」、土屋さん「(ベースとの絡みについて)昨日一緒にやったらもっと遠慮とかあってこうはならなかったですね」、岡野さん「土屋さんと僕、スケールに対する考え方が似てますよ。不協和音とかいうことではなく、その中からメロディーが聞こえてくるというか」、小西さん「これアコギじゃないと出ないテンション感ですよね」など、その都度会話を交えながらダビングは進みます。
4時40分:アンプを2階に移動、ストラトに持ち換え。Ebowで長〜いフレーズを次々に重ねていきます。
この日土屋さんは午後9時頃までかけて、じっくりと丁寧に演奏を重ね、ギターダビングは終了しました。
MORRIEさんに出来上がったラフミックスをお送りするとこんなコメントが返ってきました。
「どこかのジャングルを彷徨っているような雰囲気あるトラックですね。当日はよろしくお願いします。」
22日(月)雨のち曇り ボーカル録り
東京に少し涼しさが戻ったこの日、土屋さん、MORRIEさんを乗せて岡野邸へ。車内ではお二人でスコット・ウォーカー(ウォーカー・ブラザーズ)の話で大いに盛り上がっていました。
午後3時に到着すると早速土屋さんが自宅で準備された新たな音源をProToolsに流し込んでいきます。先ずはストリングス、そして不思議な浮遊感のあるパッド音を。そしてスネアドラムなどのリバーブ調整、そして新たに追加された音源も含めて歌いやすいモニター用の2ch MIXをコニヤンが準備します。
5時前:MORRIEさん持参のノイマンのマイクを1Fブースにセッティングして、5時過ぎに歌入れ開始。
何度か繰り返し頭から歌うと、どんどん表現が豊かになっていくのがわかります。時々2階に上がってもらってプレイバック。マネージャーさん差し入れの白い苺を幾つか召しあがっていました。
歌い出し、そしてAメロだけをもう一度録ったあとに、岡野さんからの提案で、3行目からエンディングのフェイクまで再度歌ってもらって、セレクト。時間は7時過ぎ。ここでMORRIEさんサンドイッチを。
8時、まだMORRIEさんは土屋さんのディレクションで主メロのトライアルが続いている。岡野さんはお腹空いてきたようなのでお食事(この日は特製中華弁当)を召し上がってもらう。
8時半、岡野さんもディレクションに戻り、自ハモ(歌の人が自らハーモニーつける)の録り。
最終的に歌のレコーディングが終わったのは10時すぎ。完成したボーカルトラックは流石MORRIEさんとしか言いようのない、情緒あふれる素晴らしい歌になりました。そしてレコーディングが終わった翌日にはこんなコメントを頂きました。
今回はISSAY君からの縁の運びで参加させて頂き、初めて土屋さんとも音を作るという機会を持つことができ、光栄に思っております。
ありがとうございます。
普段の歌録りは一人で納得がいくまで歌いますが、土屋さんや岡野さんのディレクションで歌うのも新鮮で楽しかったです。
MORRIE
そして土屋さんには別の機会にお話を聞けることになりました。(ここまで text: DZTPイトハル)
――土屋さんがやっていただけることになって、MORRIEさんも参加を決めていただいた。アレンジは悩まれたとか。
そうですね。すぐに最初のイメージは浮かんだんですが、それを具現化して行くのが大変でしたね。そんなに簡単にイメージ通りになる楽曲ではなかったので、技術的にはちょっと大変でしたね。
――イメージを受け取って、ISSAYに対する思いで強く感じていたことはありましたか?
ありますね。もう、それしかなかったですね。うまく説明できないんですが、
僕がISSAYくんをいちばん好きだったところは“しんし”だったところなんですよ。そこには2つ意味があってジェントルマンの紳士でもあるし、ものすごく正直で一生懸命の真摯の両方を持っていた人なので、それを両方、楽曲に表せたらいいなって。そこは迷わなかったですね。さっき話したように技術的にそれをどうやって音にしていこうかっていうところで大変は大変だったんですが、イメージはすぐ湧きましたね。
――音がエネルギーになって聴く人の心を震わせたり、動かすってすごいことですよね。
だから、つい自分の力以上のことをやりたくなっちゃうんですよ。それで肉体的にも精神的にも苦しくなってしまう。僕は特にそうですね。体力を過信しているから集中する時間が長いとボロボロになりますね。今回も「Flowers」の制作で2日ぐらい徹夜したんですよ。頭の中のイメージを具体的に音に置き換えるためにありとあらゆる手段を使って。そういう意味では大変でしたが、ものすごく楽しかったですね。やっている時は夢中になって食べないし、寝ないし。
――まさに寝食を忘れて、ですね。
「Flowers」に関してはISSAYくんが歌っているというのもあるんでしょうけど、今思えば全然、迷わなかったですね。イマジネーションという意味では全く時間はかからなかった。DER ZIBETの「Flowers」とは全く違う世界観。とはいえ、無理に原曲にないことをやろうとは思わなかった。
text: DZTP(H)
以下完全版追記
土屋さんのインタビューは上記の他に「制作日記 EXTRA 1」として別のページに掲載中です。是非こちらもお読みください。https://motion-gallery.net/projects/DERZIBET/updates/51299
また、制作日記「LOVE SONG」にも土屋さんのインタビューパートがあります。https://motion-gallery.net/projects/DERZIBET/updates/50944
先述したように今回、土屋昌巳さんというISSAYにとても縁の深かった大先輩と、ISSAYと同世代のデカダン代表とも言えるMORRIEさんに「Flowers」という初期DER ZIBETの代表曲でISSAYの象徴とも言える曲を取り上げていただいたことは、当プロジェクトとして特別な意味を持ちました。
土屋さんは、他に誰も真似のできない世界観を持ったこのベーシックトラックを、構想含めて数週間かけてご自宅で丹念に織り上げられました。その上に二日間かけてギターで一つずつ音を重ねていった土屋さん、それに呼応して素晴らしいベースを弾いていただいた岡野さん、そして歌を一節ずつ丁寧に組み上げていったMORRIEさん、ご三方のミュージシャンシップが和気藹々としながらも、お互いが高め合って、頂点にまで達する様を側で目撃させていただきました。
この曲がなければこの2枚組アルバムは完成しなかったと強く感じております。
皆さん、本当にありがとうございました。
追記Text:イトハル