【上映作品紹介】つつんで、ひらいて
vol. 5 2026-01-25 0
Yet Cinema Clubとして、2月13日(金)のオープン(こけら落とし)を発表しました。今回はそこで上映する『つつんで、ひらいて』という作品と、この作品を最初の上映に選んだ理由を紹介します。
つつんで、ひらいて
たとえば、本屋で平積みになった新刊本を手に取るとき。それも必ずしも自分のお気に入りの作家のものではない本にふれるとき。あなたを「動かしている」ものは何だろう。
それは本の装幀かもしれない。
菊地信義。空前のベストセラーとなった俵万智「サラダ記念日」をはじめ大江健三郎、古井由吉、浅田次郎、平野啓一郎、金原ひとみら1万5千冊以上もの本を手掛け、40年以上にわたり日本のブックデザイン界をリードしてきた稀代の装幀家です。本作は、美しく刺激的な本づくりで多くの読者を魅了し、作家たちに愛されてきた菊地の仕事を通して“本をつくること”を見つめた、おそらく世界初のブックデザイン・ドキュメンタリー。
監督は、是枝裕和・西川美和率いる映像クリエイター集団「分福」に籍を置き、『夜明け』で鮮烈なデビューを果たした新鋭・広瀬奈々子。手作業で一冊ずつデザインする指先から、本の印刷、製本に至る工程までを丁寧に綴り、ものづくりの原点を探ります。
本を取り巻く環境が急速な変化を遂げ、価値観が塗り替えられていく現代。「読者が欲しくなる本」をこしらえ続ける菊地の創作の秘密を紐解き、本をつくるひとびとの情熱と知恵を追いかけたこの映画は、本という表現の可能性をあらたに発見する冒険と言えるでしょう。
https://www.magichour.co.jp/tsutsunde/
鑑賞の記憶
2019年の冬、まだ東京に住んでいた頃に、ロードショーで公開されていた『つつんで、ひらいて』を観ました。きっかけは、グラフィックデザイナーの先輩に誘われたこと。職場のある表参道から歩いて、シアター・イメージフォーラムへ向かいました。
正直に言えば、当時の自分はデジタルのデザインを主戦場にしていて、装幀はそこまで「自分ごと」として捉えられる領域ではありませんでした。予告編で流れる穏やかな音楽を観ながら、「デザイナーの、少しほんわかしたドキュメンタリーなのかな」くらいの感覚で劇場に入ったのを覚えています。
そして94分後、ほとんど抜け殻のような状態で劇場を出ることになりました。
上映前なので内容に深く踏み込むことは避けますが、何より強く心を掴まれたのは、「そこまでやるのか」と思わずにはいられない表現への向き合い方でした。命が続く限り、本気であり続けようとする菊地信義さんの姿勢に、雷に打たれたような衝撃を受けました。
静かな言葉と穏やかな映像でありながら、自分の仕事のあり方そのものを問われているようで、じわじわと心臓を掴まれる感覚がありました。優しくもあり、同時にとてもヒリヒリする鑑賞体験でした。
文字も紙も装幀も、人がつくり出したものであるにもかかわらず、決して人の思い通りにはなってくれない。だからこそデザイナーは、真摯に、丁寧に、全身全霊で「つくること」に向き合い続けるのだと思います。
人は簡単に変われないし、映画を一本観たからといって、仕事の質が急に上がるわけでもありません。ただ、「お前、それでいいのか」と自分に向ける眼差しの強度は、この映画によって確実に引き上げられた気がしています。
つくることのスピリチュアリティ
文化の場所をつくるとき、僕が一番興味を持っているのは、その空間にどんな精神性が立ち上がるか、ということです。そこに集まる人のふるまいや、感情の動きが少しずつ積み重なって、やがてその場所のアイデンティティになっていく。そう考えています。
では、その最初に何を上映するべきか。考えたとき、真っ先に思い出したのが『つつんで、ひらいて』でした。
ものをつくることの神秘。人工物に向き合う態度。技術や姿勢への敬意。時間をかけて受け継がれていくものの重み。そうしたすべてが、この作品には静かに、しかし確かな強度で刻まれています。
本の読める店 fuzkueを併設するこの場所で、映画と読書という二つの鑑賞が重なり合う。そのはじまりとして、この作品ほどふさわしいものはないと思いました。
Yet Cinema Club / fuzkue大橋が目指しているのは、声高にメッセージを発する場所ではないかもしれません。けれど、「つくること」に向き合う誠実さや、表現に宿る精神性を、きちんと受け取れる場所でありたい。その願いを、最も静かに、最も強く示してくれる作品だと感じています。
こけら落としは2月13日、ぜひYet Cinema Clubでご覧ください。
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