『黒部源流山小屋暮らし』著者 やまとけいこさんからメッセージをいただきました!
vol. 9 2020-05-29 0
やまとけいこさん
1974年生まれ。山と旅のイラストレーター。武蔵野美術大学卒業。高校生の時、北アルプスに登り、山に魅了される。大学ではワンダーフォーゲル部で各地の山を縦走。社会人山岳会では沢登りに目覚め、29歳の時に山小屋のアルバイトを始める。黒部源流の自然が好きで薬師沢小屋生活は12シーズンに上る。2019年3月、山と溪谷社から『黒部源流山小屋暮らし』を上梓。
「夏は山小屋従業員、冬は登山者。どちらの顔も持つ私ですが、今回は個人としての立場から山小屋エイド基金に賛同したいと思います。山は人と人とが出会い、思い合える場所だと感じています。力を合わせたり、手助けをしたり、喜びを分かち合ったり。山小屋あっての登山者であるのと同じように、登山者あっての山小屋でもあります。私も山小屋にいる時は、登山者の方に出来る限りの事をしたいと思いますし、逆の立場になればまた同じように思います。山小屋だけに限らず、山を通して人と人とが出会い、思い合える。そんな気持ちを大切にし、この危機を乗り越えたいです。」
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学生時代から山や沢を歩き、渓流釣りもたしなむイラストレーターのやまとけいこさん。
黒部源流の自然に魅せられ、北アルプスの最奥部にある薬師沢小屋で12シーズン、山小屋従業員生活を続け、山と溪谷社から『黒部源流山小屋暮らし』を上梓しました。本の中でも紹介されている山での生活、山小屋従業員の仕事について、やまとさんに話を聞いたヤマケイオンラインの過去のインタビュー記事を一部抜粋して紹介します。
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『黒部源流山小屋暮らし』の著者、やまとけいこさんに聞く山小屋生活の裏話、魅力、そして著書について
<山小屋で働いたきっかけは?>
美大を出たので、大学卒業後は、絵を描いて仕事にしていければいいなと思っていましたが、そんなに簡単なことではありませんでした。美術造形の仕事を見つけて、なんとか「創ること」を仕事にすることができ、そこで働きながら、人間関係もできてきて「夏に山にこもっても、秋に戻ってきて仕事がある」という状態を作りました。その間、社会人山岳会で、沢登りをしたり、渓流釣りをしたりしました。
社会人山岳会で沢の魅力を知った
振り返ると、高校生の時に上高地に行って「日本にこんなところがあったんだ」と感激し、北アルプスの蝶ヶ岳に登ったのが、山に目覚めるきっかけでした。大学ではワンダーフォーゲル部に所属して、本格的に山登りを始めました。沢登り、岩登りなどいろいろ体験したら、沢の方が面白かった。沢って野生の匂いがするんです。大学卒業後の山歩きは、渓流釣りと沢登りが中心でした。
自分が歩いた中で、一番印象に強かったのが薬師沢小屋でした。目の前の沢でイワナが泳いでいて、「あそこで働きたい」というのが強くありました。29歳の時、薬師沢小屋と同じ経営である太郎平小屋で、山小屋従業員という仕事をスタートしました。
山小屋で働かなかったりした夏もありましたが、ある時から小屋の全期間で薬師沢小屋に入ることになって、薬師沢小屋の山小屋従業員として、昨年までトータルで12シーズン、6月下旬の小屋開けから10月半ばの小屋閉めまで働いています。
<北アルプスでも最も山深いところにある薬師沢小屋>
黒部川の源流、薬師岳から流れてくる薬師沢との合流点に位置していて、登山口の折立から丸一日歩いて、もしくは2日目にやっと辿り着く、北アルプスの最奥部にあります。
収容人数は60人。従業員3人、ハイシーズンにもう2人が短期で加わるような規模の山小屋です。谷あいなので、基本的に水は豊富ですが、携帯電話の電波は全く届きません。ほかの山小屋ではこういう場所で衛星携帯電話などを設置するところもありますが、それもありません。街の生活とは完全に切り離されています。
薬師沢小屋はこんな場所にある小屋です!(写真=やまとけいこ)
外との連絡ができるのは、系列の小屋間(太郎平小屋、高天原山荘、スゴ乗越小屋)の連絡をするための無線と、遭難対策用に警察・消防ともつながっている無線の2つだけです。
電波の通じる太郎平小屋では、登山者から天気や登山道の様子を聞いてくる電話がしょっちゅうかかってきます。薬師沢小屋にはそれがありません。小屋の予約なども太郎平小屋で受けたものが、無線で連絡されます。お客さんがいないときは、沢の音だけが聞こえるという山小屋です。
<眼の前にはイワナが泳ぐ沢 ~山小屋暮らしの良いところ~ >
そんな山小屋での生活の良いところは、なんと言っても大自然の真っ只中で暮らせる、ということでしょうか。働きに来ているので、いつでも遊びにいけるわけではありませんが、住んでいる家の庭先が北アルプス、黒部源流なんて、本当に贅沢だと思います。
イワナの泳ぐ沢がすぐ近く (C)やまとけいこ
街の会社勤めで、空調管理された中で仕事をしていると、外がどんな天気でどんな気温なのかを気にしなくても生活できるでしょう。薬師沢ではすべてが天候に左右されますが、風景が一日一日、季節に合わせて変化していくことを感じることができ、「山小屋で働いたら山に行けないのでは、飽きてしまうのでは」という心配は吹き飛びました。稜線の山小屋と違って、植生が豊かなことで、特にそう感じられるのかもしれません。
電波が届きませんが、私にはこれが本当に気楽でいいです。メールを見なくてもいいし、電話もかかってこないし。煩わしさがありません。
それから、山小屋の仲間ができるということも良いところです。
私自身、元々は閉じこもって絵を描いていたいタイプでしたが、小屋の生活の中で積み上げてきたのかな、楽しいことも、たいへんなことも一緒に乗り越えて、寝食を共にする仲間というのはかけがえのないものです。
遭難事故が起こって、出動要請や救助対応などのたいへんなことがあると、仲間のありがたさが身にしみます。
気が合うから仲が良くなるんじゃなく、一緒にいるから仲が良くなる、という面もあります。「同じ釜のメシを食った仲」という言葉のとおりです。
閉鎖的な環境の中での人間関係はたいへんな部分もありますが、家族じゃないけど、家族のような、そういう仲間ができるのが、山小屋従業員暮らしの素晴らしいところだと思います。
<仕事と生活が同じ場所。山小屋仕事の難しさ>
山小屋の仕事は、大きく捉えると、旅館業・接客業、ということになると思います。従業員は非常に限られた環境の中で、住み込みで働き、食事と寝る場所を提供し、そのために調理をして掃除をして小屋を快適に過ごせるように整えています。
お客さんと同じ建物の中に寝泊まりしていますので、仕事と生活が同じ場にあります。どこからどこまでが仕事になるのか、というはっきりした線引きはありません。どこからどこまでを仕事とみなすかを話すのは、あまり意味がないように思います。
黒部源流の小屋で働くことの魅力とは…? (C)やまとけいこ
例えば、休憩時間中に遭難事故が起こったり、天気が急変して台風で屋根が吹き飛ばされたり、川が増水したりしたときに、休憩時間だからといって対応しないことはありえません。自分の休憩時間でも、何かが起こったり、ほかのスタッフが忙しかったりすれば、手伝います。
反対に自分が大変なときにもほかのスタッフが手伝ってくれる、それが、この小さな山小屋で働く上で、人として当たり前なことかなと思います。
労働環境や労働時間という街の仕事の基準で当ててしまうと、山小屋の仕事はとても難しくなってしまいます。山も自然も常に変容する、その中で少しでも快適に過ごせるように山小屋があり、臨機応変さが求められる。
そんなときに、そもそも山の生活には合わない、ある基準だけを頼りに判断して、状況を見誤ると、結局、自分自身を縛り付けるものになると、私は思います。
<小屋に関わったみんなのために>
私はイラストレーターの仕事をしてきましたが、ある時から、黒部源流の自然が好きで、薬師沢小屋が好きで、何シーズンも働いてきました。今回、その体験を本にする機会に恵まれました。絵も文も両方担当できたのが良かったと思っています。
この本を書くにあたってずっと気にしていたのは、山小屋に関わってきたみんなのために、ということです。書いたのは私だけど、これまで薬師沢小屋に関わってきたすべての人がいる。
著書を手にするやまとけいこさん
本ができて知り合いに連絡したら、1シーズンだけアルバイトで来た人も、本ができたことを喜んでくれました。薬師沢小屋、太郎平小屋のオーナーである五十嶋博文さんも心から喜んでくれました。
それから、私と一緒に働くかもしれない「未来のアルバイトさん」のためにも、と思って書いたところもあります。
本という形にしたことで、広がったり、後々まで残ったり。
だから長く読んでもらえる本になるといいな。私の本は、あくまで入り口で、これをきっかけに山小屋の魅力、山小屋で働くことの魅力が伝わったら、こんなに嬉しいことはないと思っています。
※ヤマケイオンライン YAMAYA 2019年6月7日/6月21日/8月5日連載より抜粋
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『黒部源流山小屋暮らし』 やまとけいこ 著
北アルプスの中でも、黒部川源流の岸辺という特殊な環境にある薬師沢小屋。電波も届かない山奥で、どのような暮らしがあり、どのような出来事が起こるのか。薬師沢小屋で働いて12年(要確認)になるイラストレーターのやまとけいこさんが、小屋開けから小屋閉めまでのリアルな山小屋ライフを、楽しい文章とイラストで紹介。