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福島県郡山市に、アーティストやクリエイターが集まれる場所のオープンをクラウドファンディングで実現!
音楽のまちとして知られる福島県郡山市。地域の人たちに、もっと音楽やアートを身近に感じてもらいたい!郡山をクリエイティブの活気でさらに盛り上げていきたい!そのきっかけとなるコミュニティスペースを郡山市清水台に立ち上げます!
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株式会社tentoTen 代表取締役/20歳でBEATBOXを始め、2009年にはロンドン、ドイツ、そしてニューヨークのApolloTheaterに出演 する等、世界的に活動。ヒューマンビートボックス日本一決定戦 JapanBeatboxChampionshipではソロ、 チームを合わせて日本で唯一の4年連続優勝を 果たし、 2014年フランスで行われたLA CUPにて日本人初の世界4位を獲得。2016年にはシンガポールで開催された国際大会にて日本人初の優勝を獲得。福島県郡山市に移住、2021年11月に株式会社tentoTenを設立し教育活動や社会貢献活動、地域活性などのプロジェクトを行う。
音楽のまちとして知られる福島県郡山市。地域の人たちに、もっと音楽やアートを身近に感じてもらいたい!郡山をクリエイティブの活気でさらに盛り上げていきたい!そのきっかけとなるコミュニティスペースを郡山市清水台に立ち上げます!
こんにちは。ヒューマンビートボックス日本チャンピオンのTATSUYA(和田辰也)です。まずは自己紹介させていただきます。
和田 辰也 / TATSUYA
神奈川県横浜市出身、福島県郡山市在住。20歳でBEATBOXを始め、2009年にはロンドン、ドイツ、そしてニューヨークのApolloTheaterに出演するなど、世界的に活動。
ヒューマンビートボックス日本一決定戦 JapanBeatboxChampionshipではソロ、 チームを合わせて日本で唯一の4年連続優勝を果たし、 2014年フランスで行われたLA CUPにて日本人初の世界4位を獲得。
2016年にはシンガポールで開催された国際大会にて日本人初の優勝を獲得。ももいろクローバーZのコンサートやディズニー・オン・クラシックにスペシャルゲストとして出演。
また世界で活動する中で、日本のBEATBOXシーンを盛り上げたいという思いを持ち、 2010年6月に一般社団法人日本ヒューマンビートボックス協会を設立。
現在は福島県郡山市に移住し、2021年11月に株式会社tentoTenを立ち上げ、エンタメ全般のプロデュースや教育活動、社会貢献活動、地域活性などビートボックスの枠を越えたプロジェクトを多数行っている。私立武蔵野中学高等学校のリベラル・アーツにて、ヒューマンビートボックスの講師も務める。
今回、僕がクラウドファンディングに挑戦した目的。それは福島県郡山市を音楽やクリエイティブの活気で盛り上げていく場をつくるためです。
郡山市は、仙台市に次ぐ東北の経済都市であり、音楽活動が盛り上がっている地域。2008年には「音楽都市」宣言を行い、「楽都(がくと)郡山」や「東北のウィーン」とも呼ばれています。
郡山市をさらに、音楽やクリエイティブの活気で溢れるまちにしたい。そんな想いから、2021年11月9日に「クリエイティブで未来を変える」をミッションとした株式会社tentoTenを友人と一緒に設立しました。
そんな僕たちの活動の大きな一歩として、郡山市の清水台にアーティストやクリエイターが集まれる場所「e.n(エン)」をつくります。
なぜ、そんな場をつくろうと思ったのか。それはこの地域が「楽都郡山」と呼ばれていながらも、日常で音楽やアートといったクリエイティブなものにふれられる機会が、まだまだ限られていると感じたからです。
場の立ち上げ背景について、ちょっとお話させてください。
僕がこれまでヒューマンビートボクサーとして国内外で活動する中で、いろんな国や人の価値観、カルチャーにふれることができました。
そこでは「固定概念」や「型」や「枠」なんてものはなく、等身大の自分らしさを堂々と表現してる人たちがたくさんいる。お互いを認め合い、尊重しあい、音楽を通してゆたかな時間やコミュニティが生まれているんです。
僕自身そうした経験があるからこそ、アーティストとして、そして郡山市民として、一歩踏み出したいと思いました。
「郡山でも音楽やアート、クリエイティブがもっと盛んになって、みんなが新しい文化にふれられたり、人との出合いが生まれたりしたら、もっと毎日が楽しくなるだろうな」
そんな僕の中にあるビジョンやイメージを、現実にしたい。例えば、郡山駅の駅前広場でライブを開催したり、開成山公園で音楽イベントを開いたり。
その第一歩として、まずはアーティストやクリエイター、そうしたカルチャーに興味ある人たちが気軽に集まれる場所「e.n(エン)」を立ち上げます!
これは僕の考えですが、何か活動やプロジェクトを継続し、それがまち文化として定着するには、数年、もしくはそれ以上の時間がかかると思います。そしてまちじゅうをクリエイティブな活気で満たすには、僕たちのちからだけでは実現できない。
だからこそ、僕たちと一緒に音楽やクリエイティブを楽しみ、まちを盛り上げていける仲間を、この場から広げていきたいと考えています。
例えば、そこに地元の方やクリエイターたちが集い交流する中で、世代やあらゆる垣根を越えてお互いの価値観にふれられたり、今まで1人では思いつくことが出来なかったような作品がうまれたり、その作品に刺激をうけてクリエイターを目指すような人が増えたり。
そんな循環を生んでいきたいです。
「e.n」では、そうした新しい文化や交流の芽を育むために、軽食やドリンク、シーシャ(水タバコ)の提供を予定しています。また、オリジナルグッズ(衣類、インテリアなど)の企画販売も考えています。
なんでシーシャなのかって?それは僕自身がシーシャ好きで、いつかシーシャバーをやってみたいと思っていたからなんです(笑)。
僕が思うシーシャのいいところって、ほどよく落ち着いた空間でありながら、時間を気にせずに語り合えるところ。カフェでもなく、コワーキングスペースでもなく、ちょうどいいにぎわいがあって、話がはずむんです。
まだ郡山ではシーシャバーの認知度は高くないと思うのですが、「あそこに行けば、必ずおもしろい出合いがある」とわくわくできる場にしていきたいです。
実は、ダンサーである僕の弟が株式会社tentoTenの社員としてジョインし、「e.n」のマネージャーとして店頭に立ちます!今はシーシャの作り方を練習してもらっているところです。
現在は郡山市清水台にある2階建ての物件を借りて、工事を進行中。親友の建築士が描いてくれた設計図をもとに、インスピレーションがわきそうなクリエイティブな空間をつくっていきます!
もうひとつ、場づくりの先に見据えていることがあります。それは、子どもたちの教育です。
音楽やアート、クリエイティブな体験や学びを、子どもたちに無償で提供したい。なぜなら、そうした文化的な体験・学びは、テストの点数で学力をはかるような教育とはまた違う、子どもたち一人ひとりの可能性や選択肢の広がりを持たせることができるからです。
実は、僕が関東から郡山市に移住したきっかけとなったのが、郡山の子どもたちへのビートボックスのレッスンでした。
はじまりは、今から12年前。僕の知り合いが郡山駅近くのスタジオでダンスを教えていて、「ヒューマンビートボックスもやってみたい」という声がたくさん集まったそうです。そこで僕に声をかけていただき、不定期でビートボックスのレッスンを行うようになりました。
それが、郡山との接点ができた最初のきっかけです。
それから週1回くらいの頻度で郡山市に通い、楽しくレッスンを行っていたんですが、東日本大震災が発生し、しばらくの間は郡山に来ることができずにいました。
僕にとって、もう郡山は第二の故郷。福島・郡山に根差して活動していきたい想いが高まり、ついに2020年に関東から郡山へ移住することを決めました。
困難な経験をした子どもたちやこの地域に対して、何か自分でできることはないかと思い、2021年に福島の未来を創るすべての人へ向けた楽曲をリリース。
2021年には「街×アーティスト」と題して、郡山に関係するアーティストのライブを開成山大神宮で開催しました。音楽を通してまちに関わるきっかけになればという想いから、ライブ前には参加者の方と一緒にゴミ拾いを行いました。
郡山に移住して2年。コロナ禍で思うように活動できない日々もありましたが、少しずつまちの活気やみんなのエネルギーが戻りつつあると思います。
これから僕自身、ヒューマンビートボクサーを生業として生きていくというよりも、ヒューマンビートボクサーとして培ったアーティストたちとのつながりやスキルを、子どもたちや社会に還元していきたい。
そうした想いが、株式会社tentoTenの設立や、「e.n」立ち上げの背景にあります。
中には音楽やアート、シーシャに馴染みがないという人もいると思います。特に拠点となる郡山では、シーシャを楽しめる場所がほとんどありません。(最近オープンしたシーシャバーもあります!)
「ないなら、つくってしまおう!」それが僕たちの意気込みです。笑
正直、どれくらいの人が「e.n」に来てくれるのか、応援してくれるのか未知数ではあるし、店舗運営なんて初めての経験です。
ですがビルは契約済みで、工事も進行中。不安ばかり募らせるよりも、まずは動いてみる。かたちにしてみる。そんな想いでオープンにむけて動いています。
きっと、僕たちの描くビジョンや想いに賛同してくれる人はいるはず。そして何よりも、この場を僕たち自身が望んでいるから、まずはつくってみる。
このプロジェクトは、All or Nothing方式を採用しており、目標金額に達しなかった場合は支援者の方々にご返金となる、リスクの少ないプロジェクトです。
ただ、もしも、クラウドファンディングが目標金額に達成しなかった場合でも、地道に資金を集めて「e.n」を運営していきます。
理想的な形での「e.n」立ち上げのために、ご支援をお願いします!
※「たばこ小売販売許可」について、現在申請をしており、9月末に審査結果が発表されます。シーシャの提供は10月初旬以降を予定しておりますが、審査状況によって変動する可能性があります。なお、万が一、審査が通らなかった場合、シーシャ無料チケットをご支援いただいたみなさまにはMOTION GALLERY上のメールにて対応をご連絡いたします。
■今後の スケジュール
8月25日 クラウドファンディングスタート
10月17日 クラウドファンディング終了
11月 9日 e.n グランドオープン予定!
■ 予算内訳(下記の初期費用の一部をクラウドファンディングの資金でまかないます)
工事費用 970万円
備品購入 165万円
商品仕入、家賃、水道光熱費等 570万円
気軽に応援していただけるプラン、オリジナルTシャツがゲットできるプラン、出張ライブプラン、(TATSUYAソロライブ、TATSUYAと津軽三味線奏者 柴田雅人によるデュオ「KAMiHiTOE」によるパフォーマンス)、ホームページにロゴが掲載されるプランなど、多様なリターンをご用意しております。
Tシャツのリターン(白と黒が選べます。デザインは変更となる場合があります。
KAMiHiTOE(かみひとえ)出張ライブ
ホームページでのスポンサーロゴの表示
最後に、僕がヒューマンビートボックスに出合った時の話をさせてください。学生時代、僕は『自分に自信がない』ことが原因で人とコミュニケーションを取るのが苦手でした。当時は自分の存在理由を真剣に探していたのを今でも鮮明に覚えています。
そんな時にビートボックスに出会い、練習し始めてからすぐに周りから「ビートボックスの人」と認識されるようになり、初めて自分のアイデンティティを見出せた瞬間でした。今思うと大きなターニングポイントだったと思います。
その後、そんな僕がどこまで通用するのか知りたくて世界へ挑戦してきました。結果としては世界ではシンガポールで開催された小規模な国際大会で優勝することしかできませんでしたが、国内では2010年から2013年の4年間日本一(ソロ、チーム合わせて)になることが出来ました。優勝した瞬間に込み上げてきた感情や、仲間と抱き合った瞬間は、今でも一番かけがえのない宝物です。
何を伝えたいかというと、音楽やアート、クリエイティブには、人や社会をいい方向へ後押ししてくれるちからがあるということです。
かつて、自分に自信を持てずにいた僕が変わるきっかけになったように、音楽やクリエイティブなものにふれると、自分の内側からエネルギーが溢れ出てくるのを感じます。
そんなエネルギッシュな文化が、日常にあったら。まち全体も活気に包まれる予感がしませんか?そこで暮らす人たちや、郡山に訪れた人たちも、もっとこのまちを好きになってくれるのではないでしょうか。
子どもたちが音楽やアート、クリエイティブにたくさんふれられたら、のびのびと自分らしさを表現できる人になれるだろうし、その子たちが社会の担い手になった時に、いろんな世界や可能性を次の世代に提示できるようになる。いい循環が連鎖していく。
大きいビジョンかもしれないけど、僕たちはそんな未来をつくっていきたいと思っています。
このメッセージを読んでくれているあなたも、このプロジェクトチームのひとりとして、一緒に福島・郡山のカルチャーシーンを盛り上げていきませんか?
音と音が響き合うように、みなさん一人ひとりの個性をまちに、未来に、響き渡らせていきましょう!
【津軽三味線奏者 柴田雅人】
音楽のまち郡山に多くのアーティストやクリエイターが集まる場所を作りたいというTATSUYAの想いに賛同してくださる皆さん、ぜひ応援よろしくお願いします。 「e.n(エン)」きっとここから郡山発信のワクワクする様な新しい発想がたくさん生まれていくでしょう!
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