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映画 「シャルロット/すさび」をクラウドファンディングで実現!

身体の映画作家・岩名雅記 「シャルロット/すさび」の製作資金をサポートして下さい

在仏の舞踏家・岩名雅記(68歳)が2015年夏の撮影開始を目指して劇映画第4作目の製作資金の一部を募ります。舞踏家ならではの映画文法を問い直すような奔放にして詩的な作品づくりに期待が高まります。

FUNDED

このプロジェクトは、目標金額1,000,000円を達成し、2014年1月29日00:00に終了しました。

コレクター
112
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1,303,000
残り日数
0

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このプロジェクトは、目標金額1,000,000円を達成し、2014年1月29日00:00に終了しました。

Presenter
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PRESENTER
岩名雅記

1945(昭和20)年2月東京生。‘75年演劇から舞踏世界へ。‘82年全裸/不動/垂立の‘非ダンス’で注目される。‘88年渡仏、現在まで70カ国/200都市で舞踏ソロ公演。‘95年フランス南ノルマンディに拠点をつくり、2004年から映画製作を開始、2007年初監督作品「朱霊たち」は英国ポルトベロ国際映画祭でグランプリを受賞したほか、第二作「夏の家族」ともどもロッテルダム国際映画祭に公式招待される。2019年にはニコシア(南キプロス)のオルタネティブ国際映画祭で本作品を含む3作品のレトロスペクティブ上映が決定。映像企画 Solitary Body/映像舞踏研究所・白踏館主宰。「独立映画鍋」会員。

このプロジェクトについて

在仏の舞踏家・岩名雅記(68歳)が2015年夏の撮影開始を目指して劇映画第4作目の製作資金の一部を募ります。舞踏家ならではの映画文法を問い直すような奔放にして詩的な作品づくりに期待が高まります。

*自身と世界への失意を抱いたアーティストKが現実、記憶、幻想を超えて3人の女性と関わるなかで人間としての誇り、罪の意識、救済を自らに問い、新たな「世界」の構築へ向う魂の旅。
*どのような映画ジャンルにも傾かず、それでいて全ての映画ジャンルをも駆け抜けながら、新たな映画文法に挑む詩的なインディーズ映画。
*目標募金金額:100万円(詳細は後述)

写真提供:Laini Xmas

1)監督の言葉「人に真似の出来ない不思議な映画を作りたい」

<本作品の社会的意義>
不思議な映画を観たい、不思議な映画を作りたい。これは時代を超えて観る側も作る側もいつも渇望してきたことです。確かにお金をかけた大手の映画の中には世にも不思議な物語があるかもしれません。けれどよくよく観るとそれは厳密な市場調査/検査/商品管理を経た上で世の中に出てきたいわば「完成商品」です。「完成商品」とは商売としてどの角度からみても手落ちがない、より多くのお客様を獲得出来るよう厳密に計算された「黄金のリンゴ」です。一方で万人の共感を呼ぶことが出来ないとしてもある種の人びとに深い感動をもたらすいわば「ふぞろいのりんご映画」があり、むしろその方が映画的であると私は思います。
かつては巨匠と呼ばれる人たちの作品にも不思議な映画が存在したのですが今では殆ど作られることがありません。日本、外国を問わず映画を製作する側はリスクを負ってまで危険な商品は作りたくないのが現状です。
「それでは何ともつまらない。やるせない」と私は思ってしまうのです。どうせ作るなら絶対他の人が真似出来ないような不思議映画を作りたい。もちろん私と同じ志しの映画作家さんはいると思うのですが、映画の世界で研鑽してきた方々にはそれなりの映画作りのマニアルというものがあるでしょうから突飛なことはなかなか出来ません。また映画世界は人間関係や師弟関係でもありますから、その意味でもなかなか自由には制作出来ません。
ではお前はいったい何者なのだと言われるでしょうが、私は何者でもありません。40年間日本と欧米でひたすら踊り続けてきた舞踏家であり、付け加えるなら60年以上の映画ファンです。その人間が60歳を超えてから映画を作り始めました。映画世界を知らない、専門的映画知識もない、映画の人間関係もない、私はそれでも絶対他人が作れない映画をこれまで作ってきたと自負しています。是非この長編第四作目も完成させたいのです。無名であるということは辛いことですが逆に無名であるからこそ人の出来ない試みが出来るのです。私の作る映画を世界的な映画作家と比肩して下さる方も幾人かいます。私はその方々を信じています。私の取り柄は何かといえば40年以上、誰にも支配されず誰をも支配せず、孤独を守って踊り続けてきたことだけです。そこからくる純潔と強靭さには自負があります。
不思議な映画についてもう少し話をさせてください。私の専門である舞踏ではよく「目的のないからだを踊る」という言い方をします。同様に私は「目的のない映画」を作りたいのです。「そんな不謹慎なヤツに金を出せるか!」と言わずにもう少し話を聴いて下さい。この世の中は「目的」でいっぱいです。映画もそうです。「〜〜の為に」「〜〜映画」でいっぱいです。むろんその中には素晴らしい映画があることは私も知っています。けれど目的を定めるとその目的に異反する要素をしばしば削ぎ落としますから意外に物事を深く描けないのです。40年間踊ってきた私には身体的にではありますがそれがわかります。ですから「目的のない映画」は逆にからだの中心に突き刺さってくるのではないか、と思うのです。これが私にとっての「不思議映画」の意味です。

<ご支援が必要な理由>
さて問題はこの「不思議な映画」をつくる為のお金がないのです*。無名でしかもジャンル分け出来ない不思議映画を作る人間にお金を出してくれる人はなかなかいません。更に私は在仏20年ですがフランスで長編映画の助成金を得るための制作プロダクションを立ち上げる為には高額な資本金が必要ですから現在はまったくお手上げの状態です。**

*初作品「朱霊たち」は制作に加わってくれたプロダクションのおかげで文化庁からの助成を受けましたが、以降は自己資金とカンパのみで映画を作ってきました。むろん監督収入はこれまで1円もありません。
**100万円(1万ユーロ)程度の助成を受ける為に仏国立映画協会・南ノルマンディ支部のシナリオ助成応募と国内シナリオ雑誌懸賞募集に向けて現在準備中ですが。

フランスの話が出たので日仏文化観の違いを簡単に述べておきます。少しずつ改善されているとはいえ、日本ではアーティストでいることは心理的に非情につらいのです。世の中の動きそのものが「会社」に代表される利益共同体と相関しているので、利を追わないアーティストは「余計者」なのです。むろんそれだからこそ意識的な人びとはそれをテコにして頑張れるのですが。一方フランスでは今でも文化や藝術が生きる為の大きな要素として生活の中に組み込まれています。従って私たちは決して「余計者」ではないのです。別に著名でなくとも一人の藝術生活者として尊ばれるわけです。日本から海外へ多くのアーティストが移住してしまうのもそれが一つの理由でしょう。逆にそれだからこそフランスではアーティストへの高額な公的助成の為に厳密な[手続き]が要求され、安易にはお金をもらったり映画を作ることが出来ません。総じて日本とフランスとでは映画を作る困難の意味あいが根底から違うのです。
私は社会的成功という意味では人生を棒に振って「こころゆくまま」68年間生きてきましたが映画作りも人生を棒に振って珠玉のものを作る覚悟でいます。どうかあなた様のご支援をいただきたいのです。完成した暁にはあなた様に真っ先に観ていただきます。アクションどうぞよろしくお願い致します!

2) あらすじ

現代のパリ。自身のアート活動に深くのめり込んだ為に前妻スイコを失った日本人パフォーマー・カミムラ(以後K:45歳)は以前のようにシンバルを使ったパフォーマンスが出来ないでいた。
初夏のある午後、Kは公演に使う板ガラスを買うためバスチーユにあるガラス店を訪れる。ガラス店でKはスイコそっくりの女主人朝子(35歳)に出会う。何故かほろ酔いの朝子。朝子はバレリーナを志願して渡仏したが今は優しい夫ヤンと7歳になる息子トマの母親である。
同じ日突然の雨でメトロ構内に入り込んだKが見たのは大勢の人びとの視線にさらされる深い瞳の美しい仏人のフリーク女性シャルロット(32歳)だった。Kに「夢の中で逢いましょう」と告げるシャルロット。
その晩の夢。「ガンパワー社」主催による船上の飛行場売却記念パーティ。そこでシャルロットとKのエロティックなサイドショーが繰り広げられるーー。
一週間後ガラスを受け取りに行ったKは車で帰る間際に思わず朝子とのランデブーを口走る。自分の言動の軽率さを後悔するK。だが数日後朝子からKに電話がかかってくる。その晩、Kはまたしてもシャルロットの夢を見るーー。
(更に読む:http://www.iwanabutoh.com/ja/su.phpの「あらすじ」参照。部分ネタばれアリ)

3) 五つのモチーフ

再び監督です。「不思議映画」志向ですから主題を明快に説明することはなかなか困難ですが、先ずはこの映画をつくる動機となった五つの事件と体験についてお話しします。
最初は1989年春、舞踏家である私がパリで行なった独舞公演「すさび」の記録映像です。七分目に水を入れた5つのコップの上に1米四方/厚さ6ミリのガラス板を置き、その上で踊るという作品でした。ある瞬間右膝がガラス板を打ち抜き、私はガラス板やコップとともにコンクリートの床に落ち、からだと精神はあるダメージを受けました。

http://youtu.be/jla1dbpyARM

それから20年以上が経ちましたが近年この映像をモチーフに映画を作りたいと強く思うようになりました。この踊りには少なくとも一つの「覚悟」があったのです。それは何かといえば当時パリの市民劇場で上演されるような世界的な舞踊作品の殆どが市民社会のなかでの娯楽作品でしかなかったことへの私自身の強い抗議を我が身で表明したいということでした。
次の体験は10年ほど前、土砂降りの秋の夕方、東京駅の連絡通路わきで寒さに震えわななく老乞食を見たときです。あまりの雨にいたたまれず地上から地下に引っ越したお乞食さんは毛布用のものを頭からすっぽりとかぶっていました。誰もが眼をそむけたくなる汚らしさと悪臭に、見て見ぬ振りをして通り過ぎるのが普通です。ところが私の彼に対する最初の印象は「嫉妬」でした。彼の、地を這うような姿勢と鋭い眼光。「俺は舞踏家だが彼のようには踊れない」というまぎれもない嫉妬でした。この体験は後にハンディキャップの問題、畸形(フリーク)、差別の問題へと自分のシナリオの中で発展していきました。
順不同ですが次は1980年に起こった「新宿西口バス放火事件」です。これは社会的に不遇な犯人が駅地下階段で酒を飲んでいたところ通行人に罵倒されてかっとなり、偶々発車待ちをしていたバスにガソリン入りのバケツを投げ込んだ事件です。私の関心はバスに火を放った犯人よりも偶々バスに乗り合わせ全身火傷の被害を受けた一人の婦人にフォーカスされました。彼女は当時仕事先の男性といわば不倫の関係にあり思い悩んでいるその時にこの事故に会いました。彼女は逃げることよりも敢えてその業火のなかに座り続けることで自分を 罰(潔斎)しようと覚悟した人です
更にはお恥ずかしい自分史の一端ですが別れた前妻が2001年、病いの果て自死しました*。アーティストとして充分な自信を持てなかった私を長年にわたって見守ってくれた前妻にどう詫び、どう感謝が出来るのか?その問いは今も続いています。実はこの主題が自分のなかで最も重いものです。2000年以降の私の全舞踏作品、全映画作品のモチーフは直接/間接を問わず前妻の死から出発しています。「私は心のない人間ではないか」という自責からいまだに逃れる事ができません。*拙著「ニオンのオルゴール」(燦葉出版・2007年)
最後は言うまでもなく3・11以降(正確にはそれ以前から)の日本の変貌です。生命主義と金権主義が真っ向からぶつかり合い、金権が主導するこの國では人間としての「当たり前」が通らない世界になってしまいました。私だけでなく心ある人ならばそこに激しい痛みと怒りを感じている筈です。

これら5つの事件/体験を結びつける言葉をしいて探すなら、人間の尊厳、罪やあがない、救済といった「人が人として自らを尊ぶことの出来るギリギリの地平の模索」とでも言えるでしょうか。だからといって人間ほど不完全なものはありませんから「ギリギリのイノチ」をなし崩しにするような凡俗な行為が自分を含めて人間には絶えずつきまとうわけです。こうした個のなかのいわば「聖と俗のせめぎ合い」をこの映画で描いてみたいと思っています。そのためにそのせめぎ合いを凌駕する、或は俯瞰する「ある視点」が必要だと考えます。それが今回の映画の場合は硬質、透明、危機感のある物質である「ガラス」であり、フリークの女性シャルロットの存在なのです。
このように私の映画の出発は全く個的ですが、それが映画としてどのような社会的な広がり、或は映画的意味を持てるのか、次に記してみます。

4)人間的価値と個の復権へ

21世紀を迎えて、以前にも増して世界は「金権主義と集団意識」に移行しています。これはまさしく金融資本主義とグローバリズムに相関しています。人間としての価値の前にお金が、個の前に集団がたちはだかる世の中です。今では価値といえば「金」に集約されるので本来の「人間的価値」など唱えれば「弱者の遠吠え」と言われかねないのですが、決してそうではないはずです。それぞれ個性の異なる個が絶対に譲ることの出来ない人間的価値(尊厳)について今考えなければ、まさしく雪崩うつように私たちの社会は「カネ、カネ、カネだけの社会」になるでしょう。
同様に集団意識の前に個は隠され、分断されようとしているのが今の社会です。
個人の思考が個のなかで完結出来ず所属している幾つかの集団に「分有」されるという悲劇が既に始まっています。今だからこそ集団の仮面を脱いで個として物事を考えてみる必要があります。ほんらい人間の振る舞いや思考の原点は個に他ならないのです。「尊厳」という概念も個からしか出発出来ません。まさに人間的価値と個を矜持するうえで最も危機的な状態にある「現在という季節」だからこそ個についていま考えてみるべきなのです。
その意味で人間として個として譲れないギリギリ最後の一点、人間の誇りや罪の意識/あがない、救済について私は一度立ち止まって考えてみたいのです。たしかにこうした主題は重くしんどいものですが世の中もここまで劣化し崩壊の危機にさらされてくれば映画を作る側だけでなく、観る側も「覚悟」が要求されるだろうとあえて申し上げたいのです。

5)全方位の映画

今度は私の作る映画の「映画的意味」を述べてみたいと思います。
映画のジャンルということが良く言われます。確かにジャンル分けがされているとお客様にとっては「映画を選択し易い」という利点があります。その一方で娯楽だとか藝術だとか、サスペンスだとか心理映画だとか書かれるとそれに興味を持っていないお客様は引いてしまいます。どうもこのジャンルというヤツはくせ者だなと私は長年思ってきました。
問題はそれだけでなく昨今の多くの映画は映画を売る為に作る側が自らそのジャンルにスッポリおさまった作品作りをしている事です。つまり映画は掴みようがないから映画なのに、あらかじめ「わかり易さや評価や成果」が映画作りの目的になるという理不尽な逆転現象を招いているのです。これはひとえに金権主義の影響でしょう。
私には一つの事象や事件が無限に拡大し、無数の尾や襞を持ったそんな‘たおやかな’作品作りをしてみたいという気持ちが強くあります。それを仮に「全方位の映画」と呼んでみたいのです。全方位の映画が実現されると観る側は多少の痛みや困難を伴いますが、逆に想像を超えた驚き、思ってもみなかった収穫、良い意味での「裏切られた感覚」が持てる筈なのです。
例えば先に取り上げた「西口バス放火事件」の婦人をドラマ化する場合、ホームドラマとしても、不倫映画としても作れるでしょうが「自分を罰する(潔斎する)その場がまさにこの業火の中にあり」というところまで描くとしたらもうそれは存在論の領域まで踏み込んでいます。ただ大切なことは存在論や生命論としてだけ成り立つ難しい映画ではなく、ホームドラマであり不倫映画でもあり存在論の映画でもある「長い翼」を持った包容力のある映画をつくりたいし、つくるべきなのです。
何故そんなことが言えるのか、といえば私は硬い原理主義者の側面もありますが堕落や快楽を否定しない世俗主義者の側面も持っているからです。今こそかつては存在した‘たおやかな’映画作りの復権が望まれている筈です。

6) 現実/幻想/記憶の並走と映画文法の解体

もう一つの映画的意味について。「五つのモチーフ」で、逝ってしまった妻のことを書きましたが、この体験は前妻への陳謝や感謝の念とは別に、「記憶と現実は全く等価なものだ」という認識を強く私に暗示してくれました。
今回の作品「すさび」では現実と幻想(しばしば夢)と記憶が同じ重さを持っていて、それらがヨーイドンで並走するという構造を持っています。これはかねてから一度やってみたいと思っていたことです。ここでは従来の映画のように回想という形で過去や記憶が映画の主潮である「現在」のためにいわば「奉仕」したり「説明」したりするということがありません。また世に言う「ファンタジー映画」のもつ居心地の良い幻想性を、いきなり実写やリアルな描写がその特権的な椅子を奪うということがあるかも知れません。
そのぶん理解することに少し困難が伴うかもしれませんが、いつしか現実と幻想(夢)と記憶の3者がないまぜになって不思議な調和と共鳴をもたらし、理解を超えた「詩的印象」へたどりつければと考えています。ことばを変えて言えば従来のいわゆる「画による映像詩」を超えた言語の構造を持つ「詩としての映画」を作りたいと思っています。

最後にもう一つ。映画作りの上で約束事とされていることがらをゼロから見直して新たな文法を発見するということを考えています。
これは撮影段階、編集の段階いずれでも鋭いアンテナで対象をキャッチしなければできることではありません。ここであまり展開することは避けたいのですが、言葉をかえればドキュメンタリーではできないフィクションの可能性を最大限広げるということでしょうか。むろん再撮影、再編集を何度でもくり返してより良いもの、楽しいものを作りたいと思っています。

7) 出演者について

カミムラ役:成田護(なりたまもる/サウンドダンサー) 1968年青森県出身。87年 絵画、音楽、パフォーマンスを開始。
94年 火明かりだけで躍る作品「死踏」開始。97年 自作の電気タンバリンなどで音楽とダンスが融合した時空、Soundanceを創出。バイブレーションや音色、響きそのものがダンスになり、また身体の動きや生体分子が音の響きを生き生きと紡いでいく同時双方向の表現。2006仮面ダンス開始。監督の岩名が96年の東欧ツアー以来注目してきた才能。

朝子(スイコの二役):未定につき公募中=30〜35歳程度。台詞演技の出来る日本人の方で裸体になれる人=AVではありません。) お問い合わせはmskiwn81@yahoo.co.jp(岩名)

ムッシュ・ゲ役:デ・トリソD’dee Trisot(仏領グアドループ出身)ジュリエット・グレコやボリス・ビアンらと戦後パリ・サンジェルマンデプレ文化を色どったスターの一人。ボリスの死後ボリスビアン財団のディレクターを勤める。

8)制作の概要

作品名:『シャルロット/すさび(仮題)』(100分,モノクロ、16:9/撮影器材:EOSキャノンD1−D5)
撮影予定:2015年7月開始。日本:2週間、フランス:2週間。
撮影地:1)東京とその周辺
    2)パリ、フランス南ノルマンディ・白踏館スタジオと南ノルマンディ地方。
出演者:主演3(日本人男女各1、欧州人女1)
助演(日本人2、欧州人5)
その他 日本からフランスへの渡航者:5名(うち撮影スタッフ1名)
欧州から日本への渡航者:1名
スタッフ:監督と撮影者(未定)を除き日欧の現地スタッフ
製作:映像舞踏研究所・白踏館

フランス・南ノルマンディ白踏館スタジオからの景観

9)募金の概要

*目標金額:1,000,000円
ロケハン:23万円
企画書・シナリオ仏訳:25万円
監督日仏渡航費(往復4回):32万円
プレゼン用動画編集費:20万円
<特記特典>5万円以上の寄付を下さった方をご希望により仏・ノルマンディ1週間無料滞在にご招待(ただし日本からパリまでの航空券、パリからノルマンディの交通費は自己負担です)
詳細はhttp://www.iwanabutoh.com/ja/su.phpの「滞在招待」をクリック。

<監督プロフィール>

1945(昭和20)年2月東京生。‘69年TBSを依頼退社して演劇界へ。 ‘75年演劇から舞踏世界へ。‘82年全裸/不動/垂立の‘非ダンス’で注目される。‘88年渡仏、現在まで世界40カ国 /100都市で舞踏ソロ公演。‘95年フランス南ノルマンディに舞踏の拠点をつくる。2004年から映画製作を開始、2007年初監督作品「朱霊たち」は東京上映でレイトショーとしては異例の63%の稼働率をあげる。また同作品は英国ポルトベロ国際映画祭で最優秀映画賞を受賞したほか、ロッテルダム(蘭)、ヒホ ン(西)、タリン(エストニア)ほか4国際映画祭に公式招待される。第二作「夏の家族」はロッテルダム、ヨーテボリ(スエーデン)ほか4国際映画祭で公式招待。今秋10~11月第三作「うらぎりひめ」を東京・大阪・札幌で上映。映像舞踏研究所・白踏館主宰。

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映画「シャルロット/すさび」は、独立映画鍋メンバーのプロジェクトです。
独立映画鍋
は多様な映画を支え育む為に活動しているNPOです

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    • 岩名雅記著「ニオンのオルゴール」「装束は水」「虚無の強度」(いずれも筆者サイン入り)を差し上げます
    • ご希望によりノルマンディ1週間無料滞在に御招待します(ただし日本ーパリ間の渡航費用と、パリーノルマンディの交通費は各自負担です)詳細はhttp://www.iwanabutoh.com/ja/su.phpの「滞在招待」をクリック
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