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映画「下北沢LADY JANE物語(仮)」劇場公開プロジェクトをクラウドファンディングで実現!
消えていく場所の記憶を、ただの思い出で終わらせない。50年の歴史を閉じたジャズバー〈LADY JANE〉を軸に、下北沢に刻まれた文化と時間を映画として記録し、未来へ手渡すプロジェクトです。
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ドラマ・バラエティ・ドキュメンタリーなど多様なTV番組にディレクター/プロデューサーとして関わる。 TBS主催ショートムービーの映像祭DigiCon6 ASIA のフェスティバルディレクターを10年務める。 演劇、イベントの演出も手がける。
消えていく場所の記憶を、ただの思い出で終わらせない。50年の歴史を閉じたジャズバー〈LADY JANE〉を軸に、下北沢に刻まれた文化と時間を映画として記録し、未来へ手渡すプロジェクトです。
1975年からシモキタの文化を支え続けてきた老舗ジャズバー「LADY JANE」
創業50年を迎える2025年4月、そのドアは永遠に閉ざされた。
松田優作が通い、中島みゆきが「LADY JANE」という歌にした伝説の店。
俳優、作家、演出家、画家、写真家、ミュージシャンなど幾多の芸術家、文化人に愛されてきた店の灯りが消え、街の文化の一端が失われた。
LADY JANE店内
LADY JANEがあるのは、世田谷区下北沢。この街は演劇、映画、文学、音楽、ファッション、文化の発信地として国内外を問わず知られています。下北沢を語るのに欠かせないのは路地、入り組んだ路地に文化が息づく街〈シモキタ〉も、再開発の波に呑まれてきました。
撮影:荒木経惟
撮影:荒木経惟
「下北沢から路地をなくせば文化も失われる」と説くLADY JANE店主・大木雄高さんは、街を分断する無謀な道路建設や線路計画事業に大きな危機感を持ち、行政や街の人に訴え続け行動をし続けてきました。変わり続ける街を見守りながら。しかし下北沢の駅周辺の再整備は続き、ついに下北沢の顔、魂であり続けたこの店も、地区開発の煽りと建物の老朽化に伴い賃貸契約の更新が認められず、50年という節目の年に幕を閉じたのです。
1軒のジャズバーの閉店を軸に、下北沢という街の変遷をたどりつつ、ノスタルジアで終わらせず、葬り去られようとしている大切なものについて語りたい、伝えたい、できるならば抗いたい、という思いで、このドキュメンタリー映画を企画しました。中島みゆきが「時流につれて国は変わる 言葉も通じない国になってもこの店は残ってね」と歌ったLADY JANE。ローカルな物語を通して、大都市東京、強いては日本という国が抱える問題が見えてくるはずです。
私たちはLADY JANE閉店の知らせを受け、記録として残しておきたいとカメラを回し始めました。最終営業日の悲喜交々、そしてその数日後に行われた2025年4月17日〜20日までザ・スズナリで開催されたLADY JANE終幕式「破の刻」の映像も収めました。この4日間のイベントの様子は、まずライブ映像作品として映画化し、2026年4月からK2シネマで『LADY JANE終幕式「破の刻」Final Stage』として劇場で先行して公開しました。この作品では、下北沢の1軒のジャズバーを超えたカルチャーが確かに根付いていたということを広く知っていただけたと思っています。
今まで撮影を終わらせているものに加え、LADY JANEは更地になってしまったけれど灯を決して消さない大木雄高さん、変わり続ける街下北沢、シモキタのカルチャーを撮り続け、ドキュメンタリー作品として映画「下北沢LADY JANE物語(仮)」の完成に向け動いています。
このドキュメンタリーでは下北沢という街を取り上げていますが、その現象は下北沢に限ったことではなく、今も現在進行形で日本中の街、世界の街で起きています。個性を失い、画一的な街ばかりになってしまうのではないか?という危機感、あるいは自分が住んでいる街について改めて考えるきっかけを持ってもらえるようなドキュメンタリーを目指しています。
この映画を完成させ、日本中に届けるために、あなたの応援を必要としています。力を貸してください。
下北沢駅から少し離れた茶沢通り沿いの2階建てのアパート。その1階にあったジャズバーがLADY JANEです。店主・大木雄高さんは1975年オープン以来、ずっと店に立ち続けました。大木さん自身も演劇の世界にいたこともあり、店には数多のアーティストや文化人が荒木経惟、原田芳雄、柄本明・・・名前を挙げたらキリがないほどの文化人たちがこの店に集い文化論や芸術論を熱く語っていたのです。店では週末毎にライブが開催されていました。ジャンルもキャリアもボーダレス。駆け出しのアーティストには憧れや目標であり、ベテランにとっては刺激的な実験、新たな表現が生まれる場だったのです。店主・大木雄高の、文化芸術に対する造詣の深さと人脈の広さに吸い寄せられるように、この店で邂逅する様々なジャンルの人や才能から、数々の文化芸術活動が生まれました。まさに下北沢の文化を支えたランドマーク的な店でした。
・LADY JANE店主・・・
大木雄高
・元LADY JANEバーテンダー・・・
齊田一規
・LADY JANEと共に生きた表現者たち ・・・
森山威男、中村達也、大友良英、坂田明、石橋英子、ジム・オルーク、中嶋朋子、小泉今日子、浜田真理子(「LADY JANE終幕式「破の刻」Final Stage」出演者にドキュメンタリー用にも話をしていただきました)
・LADY JANE 常連の有名無名な人々・・・
服部桂郎(都市デザイン・龍谷大学政策学部教授)、保坂展人(世田谷区長)、森山未來、風間杜夫、北方謙三など
・シモキタに暮らす、暮らしていた人々たち・・・
柄本時生、松尾貴史、吹越満、六角精児、井ノ原快彦など
・シモキタの経営者たち・・・
喫茶店マサコ、バーマザー、ザ・スズナリ、金子ボクシングジム、コモン弁護士事務所など
シモキタ再開発地区
2025年4月17日から4日間に渡り、下北沢ザ・スズナリにて行われたLADY JANEのファイナルイベントをまとめたライブドキュメンタリー映画で、2026年4月17日から下北沢の映画館K2にて上映されました。LADY JANE/大木雄高を敬愛するプロフェッショナルの舞台人がステージを支え、閉店を惜しむ往年のファン、新旧の関係者、大木と親交の深い文化人や各界の大御所が連日詰め掛け客席を埋め尽くしました。50年の集大成となる4日間には50年前の開店時に演奏したジャズドラマー森山威男(ds)を筆頭に、大友良英(g)、坂田明(as)、中村達也(ds)、俳優の中嶋朋子など、LADY JANEライブの常連アーティストが集結。最終日、小泉今日子(朗読)と浜田真理子(うた/pf)による久世光彦「マイ・ラスト・ソング」を、大木版の構成・演出で締め括くりました。その4日間のステージの熱狂をそのまま伝えるべく映画化しました。
【第一楽章】「御陣乗太鼓のように=祭りの始め」
森山威男(ds) 中村達也(ds) 太田惠資(vln)
【第二楽章】「祝詞女のりとめに憑く武者の心得 」
中嶋朋子(朗読・perc)+『太平楽/四家卯大(cello)田中邦和(as・笛)佐藤直子(perc)』+大友良英(g)
【第三楽章】 「迷宮への回廊巡り」
『カフカ鼾/シム・オルーク(b)石橋英子(p)山本達久 (ds)』+坂田明(as・cl・謡)
【最終楽章】久世光彦『マイ・ラストソング/言うなかれ、君よ、別れを』
(作:久世光彦/構成・演出:大木雄高)
小泉今日子(朗読)浜田真理子(歌・p)
2026年4月17日に公開以降連日、LADY JANEを知っている方、まったく知らないという方、多くのお客様に観ていただき、注目の高さを実感しています。
初日舞台挨拶後の様子
本プロジェクトをご覧いただきありがとうございます。プロデューサーの山田亜樹です。
おもちゃ箱をひっくり返したような街、シモキタは私のホームタウンでした。劇場にライブハウス、喫茶店に居酒屋、古着屋、レコード屋に本屋、細い路地に袋小路、闇市の名残ある駅前のマーケット、怪しいけど危なくはなくて、フレンドリーではないけど誰でも受け入れる度量のある唯一無二の街でした。そのシモキタを象徴するのがLADY JANE、駅から少し離れたところにある老舗のジャズバー、小さな窓から煙草のスモーク越しに薄ぼんやり見える大人たちの喧騒、漏れ聞こえる音楽、松田優作も通ったという伝説の店は敷居が高く、初めて木製の扉を押して中に入るのには相当勇気がいったこと、店主が怖かったことを昨日のことのように覚えています。
それから長い月日が流れ、私は店主から教わったマルティニーク島のラムのボトルキープをするまで大人になり、やがて以前ほどシモキタに行かなくなり、私も街も変化していったけど、LADY JANE は変わらずそこにあり、店主はいつも不機嫌そうに煙草を燻らせていた。
そのLADY JANEが地区開発による立退で店を閉めると知らせが来た。しかも創立50年の節目の年に。
私は、店の最後を記録させてください、と店主の大木さんにお願いした。店の最後の日の朝から翌日の朝までを、看板が外されマリリン・モンローのパネルや古い映画のポスターが店から運び出され空っぽな店を見つめる大木さんを、そしてザ・スズナリで4日間に渡り開催された盛大なお葬式ライブを。そのステージは「LADY JANE 終幕式"破の刻"Final Stage」という音楽ドキュメンタリーになり下北沢エキマエシネマK2で上映され、期せずして私の初プロデュース映画となった。
しかしまだ伝えきれていない、このまま消えてしまっていいのか、そんな強い違和感が私を次回作へと導いた。LADY JANE店は消えてすでに更地となったけれど、私はこの街を、この街に存在していたLADY JANEを映画にしたい。それは極めて個人的な思い入れからのスタートではあるけど、もしかしたら誰にももう戻れない場所があるはずだ、戻れないけどその記憶を留めることはまだ間に合うかもしれない。だとしたらこの映画は普遍的な意味を持つかもしれない。
この映画を、一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。
〜プロフィール〜
山田亜樹(プロデューサー)
ドラマ・バラエティ・ドキュメンタリーなど多様なTV番組にディレクター/プロデューサーとして関わる。
TBS主催ショートムービーの映像祭DigiCon6 ASIA のフェスティバルディレクターを10年務める。
演劇、イベントの演出も手がける。
20代の頃から通い続けた、私にとって下北沢を象徴するLADY JANEの消失は、街のランドマークの不在ということがどういうことなのか考えるきっかけとなりました。LADY JANEの跡地、ぽっかり空いたその場所にやがて7階くらいのマンションが建つと聞いています。それでこの街はいいのだろうか?街は人が作る、人が街を作る、当たり前なことだけど大切なこと、それを映画で伝えたいのです。
それは下北沢だけの話ではありません。都市に生きるすべての人にとっての「失われていくもの」の現実を記録した作品を目指します。街は変わり続けます。その裏で、確実に消えていく場所と記憶があります。それを「仕方ない」で終わらせたくない。だからこそ、届け方にも責任を持ちます。自主制作のままでは、届く範囲に限界があります。
劇場公開を実現し、国内外の映画祭に出品し、全国で上映する。限られた場所だけで終わらせず、この映画を必要としている人のところまで届く形にする。そこまでやり切ります。
これは作品を完成させるための挑戦ではありません。作品を「社会に届くもの」にするための挑戦です。その一歩を、一緒に実現してほしいと思っています。
不足分はプロデューサーの私費で補填し、作品は完成させます。
本プロジェクトを応援してくださる皆様へ、特別なリターンをご用意しました。
『時流につれて国は変わる 言葉も通じない国になってもこの店は残ってね』
中島みゆきが歌にしたLADY JANEと下北沢の記憶を未来へ。
消えていくこの場所の記憶を、どうか一緒に残してください。
街が変わっていくという現象は、下北沢だけの話ではありません。
これは、あなたの街にも起きている、世界中で進んでいる現実です。
この映画を完成させ、届けるために、あなたの力を貸してください
3000 円
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