関野さんの近況が届きました!<旧石器時代からのつぶやき3>
vol. 7 2024-09-27 0
こんにちは!クラウドファンディング(以下、CF)担当スタッフです。
今回のアップデートでは、「旧石器時代からのつぶやき」その3をお届けします!
家づくりと共に、食糧の獲得計画も旧石器生活の大事なプロセスです。
二風谷でも、土地の人々に食糧のあてを尋ねては収穫に勤しみます。
以下、関野さんから届いた写真とメッセージです。
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旧石器時代からのつぶやき3
「山栗の収穫」
9月中旬、二風谷の木々もまだ緑色だ。北海道では少しずつ色づくのではなく、いっぺんに紅葉になるのだという。
未だ緑濃い木々の中で、明るい緑の木々がある。葉と同じ色の鋭い針で囲まれた栗が鈴なりになっている。地面にも落ちて割れた殻から栗が弾き出され転がっている。暑い夏が終わり、秋が忍び寄って来たようだ。
奥多摩にも栗の木はあり、たくさんの実をつける。しかし私はそれを食糧としては食べられない。それらは栽培種の栗だからだ。旧石器時代にはまだ栽培ははじまっていない。三内丸山遺跡では栗を栽培していたが、それは縄文時代のことだ。そのため、栗の木に栗が鈴なりになっていても、地面に栗が散乱していても、興奮することはなかった。
しかし、二風谷でお世話になっている貝澤さんから、「二風谷には栽培種と野生種の栗がある」ことを教わった。野生種の山栗は栽培種より小さいので比べればすぐ分かるという。「義経神社」の敷地内には、小ぶりの栗が落ちていると聞き、義経神社へ立ち寄る。神主さんによると、ここの栗は野生種だという。野生種なら旧石器時代に食べていた可能性がある。
一方で「マンロー邸跡地」では、栽培種の栗を見つけることができた。確かに、野生種とは明らかに大きさが違う。
義経神社とその近くの墓地で、腰をかがめ2時間ほど。およそ5kgの山栗が採れた。二風谷には野性のクルミもあるし、秋はサルナシなど小さなフルーツ、キノコも採れることがわかっている。ここの秋なら少しバラエティのある食事が見込めそうだ。
この続編は山栗の保存法です。
2024.9.20 石器野吉晴
写真 関野吉晴
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いかがでしたか。
視点をほんの少し変えるだけで、旧石器時代と今を繋げることができるのだと、関野さんの活動を伺っていてつくづく感心してしまいます。
次回のアップデートを楽しみにお待ちください。
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