プリズン・サークルupdate(12)
vol. 12 2016-10-26 0
泣いても笑ってもクラウドファンディング最終日!
刑務所なんていうマイナーなテーマになぜ私はこだわるのか?良く聞かれる質問です。刑務所という場所は、その社会が人に対して(特に社会が手に負えないと思う人々)どのような姿勢をもっているのかが如実に見える場所です。刑務所は、物理的には外の社会から遮断されていますが、その有り様は外につながっています。そもそも彼らがそこにいる理由の一つは、外の社会が人々の生き難さを無視し、様々な人を排除してきたからです。そんなことを教えてくれたのが、私の映画デビュー作「Lifers ライファーズ 終身刑を超えて」の主人公たちです。彼らはアメリカの治療共同体アミティに所属しています。
©Rod Mullen
この写真は1991年にカリフォルニア州のRJドノバン刑務所で始まった頃のアミティのミーティングの様子です。私自身、この刑務所を初めて訪れたのは1996年のことでしたが、日本の刑務所との違いに驚かされました。そして、まさかその20年後に日本の刑務所(島根あさひ社会復帰促進センタ―)で同様のプログラムが行われていて、その映画を制作することになるなんて、想像だに及びませんでした。
映画「ライファーズ」が劇場封切りになったのが2004年。それを都内の劇場で見た刑務所関係者(新しく建設が予定されていた官民協働型刑務所の民間企業側の責任者)がアミティの活動に共感して、導入に至ったのです。
彼のパッションと行動力は素晴らしいものの、実は同時期に、一連の動きがあったことも導入の実現に関係していると思います。たとえば京都の劇場に刑務所の幹部が見に来てくださり、「今日はあなたをくどきにきました。京都刑務所で上映会をさせてください!」とトークの席上で発言して実際に刑務所での上映会を実現させたこと。直接のトークは無理ということで、代わりに2000人の受刑者に向けたメッセージをビデオで届けるということもさせてもらいました。また以前から交流のあった京都医療少年院に話をもちかけたのですが、自主映画の上映なんて前例がないようでしたが、当時の院長は院内上映に踏み切ってくれました。別の職員はその後転勤し、新しい職場でも立て続けに上映会をしてくれました。また、この映画を見た法務省のある官僚は、裁判官向けの上映会を開いてくれました。こういうことも前例がなかったのではないかと思います。
加えて、監獄法から処遇法(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律)に改正される時期だったことや、新しい刑務所が建設される時期と重なったことも、大きな後押しとなったはずです。それ以前にも、私はアミティをテレビ番組化していたので、すでに研究者らも関心を示すようになっていたことや、仲間たちとアミティのスタッフを呼んで各地でイベントを行っていたことなども関係しているかもしれません。
私はこの刑務所に2009年から、ゆるやかに関わってきました。そこで変わっていく人を数えられないぐらい見てきました。さらに、外の社会で繋がっている人もいます。出所者のグループも立ち上がっていて、お互いに支え合う自助的な活動と同時に、一般向けの公開イベントも時々行ったりしています。彼らの多くが、治療共同体のプログラムに入って人生観や生き方が大きく変わったと言います。
社会的変化=(ひとりのパッション+行動) x タイミング x 他の一連の動き
これが私自身、映画「ライファーズ」で得た法則です。次に生まれる「プリズン・サークル 僕たちがここにいる理由」も、そんな映画になってくれることを夢想しながら制作中です。
最後に、皆さんの多くがすでにコレクターになってくださっているのだと思います。応援してくださりありがとうございます!そして、コレクターになろうかなるまいか迷っておられる方、ぜひ、上記の法則を実現しましょう。刑務所のあり方を変えることは、外の私達の社会のあり方にも大きく影響を及ぼします。変化を起こせるかどうかは、一人一人にかかっています。
10/26本日、あと数時間で終了します。最後までよろしくお願いします!
坂上 香 監督