<シアターイメージフォーラム・山下宏洋さんに聞いた>映画パンフ、作り手との距離感
vol. 21 2018-11-21 0
インディーズ系の映画パンフレットって、作り手との距離が近いんです。編者の気持ちがすごく出ているというか。
渋谷・宮益坂をのぼりきると、ひときわ異彩を放つ外観の建物がある。これまで数々の映画を観てきた猛者たちにとっても、そこに一足踏み入れるまで、どんな体験が待っているかまるで予想がつかない。私たちの知的好奇心を存分に満たしてくれる映画館、シアター・イメージフォーラム支配人の山下宏洋さんに、映画パンフレットに対する想いを伺った。
――イメージフォーラムで売られているパンフレットについてお聞かせください。
山下:イメージフォーラムは結構特殊で、映画の配給や映画館をやっていますが、映画の上映運動組織みたいなところから始まっています。ですので、パンフレットと一口に言っても、様々な形態のものを取り扱っているんです。映画館として、配給会社が作ったパンフレットを売ることもありますし、自社配給作品の場合は自分たちでパンフレットを作ることもあります。あと、「イメージフォーラム・フェスティバル」という映画祭もやっているんですが、そのための特集パンフレットなんかも作っています。
――イメージフォーラムの特色として、上映されている作品が「分かりやすさ」よりも「分からないけれど面白い」という、知的好奇心をそそられるラインナップを重視されている気がします。
山下:そうですね。「わからない」というより、おっしゃるように「何だろう?」と興味が次々と湧いてくる映画を上映したいと思っています。そういった意味でも、パンフレットの需要が多いのかなと感じます。たとえば、日本にあまり馴染みのない遠い国のドキュメンタリー映画などは、パンフレットを読むことでより深く作品世界を理解できますよね。映画を観て興味が湧いて、そのバックグラウンドにある別の物語などを知ると、また映画の見え方が変わってくるというか。劇映画の場合でも、映画作家の意図とかプロダクションノートを読んで、「ああ、こういう意図でこういうシーンがあったんだ!」という気づきをもらえますよね。映画の楽しみ方が増えるというか、理解度が深まるというか。作品との距離がぐっと近づくという意味でも、パンフレットってすごく良いものだなと思います。
――記憶に残っているパンフレットはありますか?
山下:例えば、最近まで上映されていた『ペギー・グッゲンハイム アートに恋した大富豪』(15/監督:リサ・インモルディーノ・ヴリーランド)のパンフレットは良かったと思います。この映画はアメリカのアートコレクターのドキュメンタリーで、彼女の人生を描いているんですが、年表や関係したアーティストの解説が掲載されているんです。映画の中でも登場人物の名前や作品名は出てくるわけですが、ペギーが当時の美術界でどれだけの人と関わっていたのかが、ぱっと見て分かるようになっているんです。鑑賞後に「もうちょっと知りたいな」と思ったことを知ることができるので、検証とまではいかなくても、あとから理解できるっていうのは良いと思います。映画のファンになってもらうためのツールとしてパンフレットがある。難しいアート系に限らずとも、みんなが知っている『スターウォーズ』でも、俳優や監督のことを知ってより好きになってもらうきっかけになると思います。
――イメージフォーラムでは、どのジャンルの作品がよく売れますか?
山下:ジャンルでいうと、アート系のものはやっぱり多いです。画的にきれいだったりして、割とパラパラっと見ていれば楽しいので。アートもののドキュメンタリーなども結構売れますね。『世界一美しい本を作る男-シュタイデルとの旅-』(10/監督:ゲレオン・ヴェツェル)は写真の本を作る人のドキュメンタリーなんですが、このパンフレットは結構売れたと思います。やっぱり美術が好きな人は“物”が好きだったり、美術展に行ったら図録を買ったりしますよね。そういう習慣があるんじゃないでしょうか。
――映画パンフレットも含めて、映画の楽しみ方など、お客様を見ていて変化を感じることはありますか?
山下:どうなんでしょうか。でも、「映画自体を気に入ったから買う」という感じは昔から変わらないと思います。『縄文にハマる人々』(18/監督:山岡信貴)なども、パンフレットを買われる方は多かったですね。映画本編に縄文土器がたくさん出てくるので、「あの土器は何だったんだろう。どこの博物館にあるものなんだろう」と、もっと知りたいという方が買っていました。あれは監督が自分で作ったパンフレットなんですよ! 監督自身が縄文土器が大好きなので、色々なところに足を運んで得た情報も載っていて、資料としての価値もありましたね。
――監督ご自身がパンフレットを作られたのですね!
山下:そうなんですよ。監督の目線で作られた映画のパンフレットなので、メジャー系の映画とはまったく違う良さがあると思います。作っている人とそれを受け取る人の距離がすごく近いといいますか。メジャー系になっちゃうと色んな柵というか、出来ないことが増えてしまうことがありますよね。ある程度凡庸というか、そんなに突っ込んだものは作れないじゃないですか。書いてはいけないことや使ってはいけない写真がいっぱいある。『縄文にハマる人々』も、何でも使っていいわけじゃないけど、あまり制約がないというか。変わったことをやりづらいメジャー系に比べて、そうじゃない面白さっていうのは、こういうインディペンデント系の映画のパンフにはあるんじゃないですかね。配給会社の人が作っているから、映画を買い付けた人が作っている場合が多いのと、その映画を買い付けて「日本で公開したい、いっぱい見てもらいたい」という想いが如実に出ていると思います。
――重みが違いますね。
山下:気合が入りすぎて大丈夫かなぁみたいなものもありますけどね。ついてこられないんじゃないのとか(笑)。紙にもすごくこだわっていたり。映画パンフには、そういう作り手とか編者の気持ちみたいなものが出ていますね。
ここで、山下さん自らが編集した『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』(13/監督:シャウル・シュワルツ)パンフレットを見せていただいた。なんと、翻訳者のところにも山下さんのお名前が!
――配給ばかりでなく、パンフレットの編集、さらには翻訳までされているのですね。
山下:そうですね。そもそもそんなに大きいな会社じゃないので、基本的に何でもやるっていう感じなんですよ。編集を雇ったりする余裕がないので。でもこのパンフレットの編集はすごく楽しかったですね。メキシコの麻薬カルテルの勢力図を作ったり、カルテルごとに組織のボスの歌みたいなものがあって、その背景を掘り下げていったり。海外でもすごく良い文章を書いた人を見つけたら、直接連絡を取って、自分で翻訳をしました。
――ご自身でパンフレットを編集されるとき、普段と映画の見方は変わりますか?
山下:それは変わりますね。特にドキュメンタリー映画などは、事実関係を綿密に調べるという作業が発生します。文章を書いてくれる人を考えたり。感覚だけでは動けないという感じがありますね。
映画を買い付けるため、これまで世界中の市場をまわってきた山下さん。海外映画祭の審査員も務められ、世界中の映画事情に通じている山下さんに、日本独自の映画文化・パンフレットについての考えをあらためて伺った。
――パンフレットは日本独自の文化だと言われますが、どうして日本ではパンフレットが映画とセットになっていると思われますか?
山下:まず、日本には紙のカルチャーが根付いていると思いますね。紙の物を持っていたいという。やはり“物”に対する偏愛が強い気がします。例えばレコードとかCDとかもいまだに売れていたり。DVDはもう海外でのマーケットすらない状態が普通だったりしますが、日本もそうなりつつあるものの、まだDVDのボックスセットが売れたりしていて、物として持っていたいお客様がいる。合理主義的な「パンフレットなんてPDFでいいじゃん、ホームページにあれば別にいいじゃん」という考え方とは意外に別で、物を持っていて、これ観に行ったよねと話しをして、パラパラと見たりする文化があるのかなと思いますね。映画のチラシも、海外は日本ほど凝っていない。大体みんな同じようなビジュアルのもので、無造作に置かれている。日本みたいに、こんなにチラシがいっぱい作られてみんなが持っていくことはありません。経済効率とか環境配慮などを考えるとどうなのかなと思いますが(笑)。日本はグッズも結構良いもの、面白いものが多いですね。そういう物に対する執着、愛着というのはあるのかなと思います。『世界一美しい本を作る男』は本についてのドキュメンタリーだったので、本が好きなお客様がたくさんいらっしゃいました。日本人はそういうものが好きなんじゃないですかね。
最後に、山下さんにシアター・イメージフォーラム内をあらためて案内していただいた。イメージフォーラムといえば、一番の見どころはやはりチケット売り場前の階段だろう。映画のチラシが、まるでミュージアムのように所狭しと並べられている。
――ここの空間は本当に壮観です!チラシがまるで美術品のようですね。
山下:そうですね。チラシはすべてここに並べて見ていただけるようになっています。日本の映画の紙媒体の特徴でいえば、チラシにもすごくこだわっていますよね。印刷の質がすごく良かったり。海外と日本のビジュアルを大幅に変えたり、邦題も凝っていたりして。たまに炎上していますけど(笑)。これもパンフレットと同様に、そういうフォルム、見た目、“物”に対するこだわりなんでしょうね。
――山下さん、お忙しいなか本当にありがとうございました!
シアター・イメージフォーラムでは、現在、『寝ても覚めても』(18)がカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品という快挙を成し遂げた濱口竜介監督の特集上映「濱口竜介アーリー・ワークス アンコール+寝ても覚めても」を開催中!何を差し置いても駆けつけたいラインナップだ。
◆映画館情報
【シアター・イメージフォーラム】
東京都渋谷区渋谷2丁目10−2
URL:http://www.imageforum.co.jp/theatre/
(取材・文=高城 あずさ・広瀬 友介/写真=高城 つかさ)