映画配給日記 Vol.3
vol. 3 2023-10-01 0
9月27日(水)
所用で共同脚本のMさんとお会いする。所用ついでに、昨晩書き終わった「プレス資料」に載せる文章「マリの話におけるキャスティングの経緯について」を読んでもらうと、ニンマリ笑っていたのでちょっとホッとする。
文章でも脚本でも、何かを書く時に宛先があるというのは、本当にありがたいことだ。そしてその宛先は、どんな宛先でもいいわけではない。信頼の置ける宛先が必要だと考えている。脚本をふたりで書いている時、Mさんはまさにそういう宛先だった。
Mさんとランチして別れた後、文章を推敲して、宣伝のIさんに送信した。
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『マリの話』におけるキャスティングの経緯について text by 高野徹
1.成田結美さん(マリ役)
マリを演じてくださった成田結美さんとは、私がフランスで映画制作の研修をしている時に知り合った。2021年当時、私がアシスタントをしていたパリの映画制作プロダクションは、コロナ禍のため通常どおり稼働しておらず、私は時間と気力を持て余していた。そこで、自分で短編映画をつくるプロジェクトを立ち上げた。その時、出演者候補として応募してくださったのが、成田結美さんだった。
パリでの出演者オーディションの方法は、私が助監督で参加した濱口竜介監督『偶然と想像』制作の時に、濱口監督が採っていた方法に傚った。一般的に行われる、複数の出演者候補を一度に集めたオーディションではなく、一人ひとりに会いにゆき、1時間くらいの雑談をする。濱口監督曰く、「この人と本当に話せた!」という方をキャスティングしたそうだ。
成田さんとはじめてお会いした時、成田さんはご自身がパリで経験した、ものすごく笑えて、驚くような話をしてくれた。「雑談」はとても盛り上がった。しかし、ここは異国の地・フランス。慎重に判断したいと思った。そのことを成田さんに正直にお話しすると、成田さんは承諾してくれて、「必要でしたら、何度でもお会いしましょう」と申し出てくれた。お言葉に甘えて、何度かカフェでお会いした。
たしか3度目にお会いした時、「雑談」の中で、フランスのオーディションではどんなことをしているのか、と成田さんにお聞きした。成田さんはフランスでいくつものオーディションを勝ち抜いてきた方だから、ずっとお聞きしてみたかった。成田さんは「例えば、思ってもみなかったことを突然やってみてと要求されることがよくある」と答えた。私はちょっとした思いつきで、「これから3分間で、ぼくのことをすごく嫌な気持ちにさせてみてほしい」と成田さんにお願いしてみた。成田さんは怯まずに3分間、罵詈雑言を私に向けた。しかし失礼ながら、その一生懸命さと、素の人の良さに笑ってしまった。
その夜、成田さんから連絡があった。「嫌な気持ちにさせる件、突然のことすぎてパフォーマンスに不満が残っている。もう一度やらせてほしい」。その時、こんなに情熱を傾けてくれる方と組むことができたら、絶対映画が成功するに違いないという確信を得て、すぐに出演をお願いした。そしてこの時の判断は大正解だった。
2.ピエール瀧さん(監督・杉田役)
成田さんたちとのパリでの短編撮影を終えた私は、2022年の早春に日本に帰国した。さっそく編集にとりかかり、「すごいものを撮ってしまったかもしれない…!」という感覚と同時に、物語の状況説明が圧倒的に不足しており「観客が楽しめないかもしれない…!」という不安を感じていた。どうしようかと、共同脚本の丸山昇平さんと打ち合わせをしてゆくうちに、東京でも追加撮影をし、長編映画として完成させるのはどうか?というアイデアに行き着いた。そこから数ヶ月かけて脚本を書いた。
脚本が出来上がると、メインキャストとなる監督・杉田を演じてもらう方を考えた。丸山さんは普段、俳優としても活動しているから、俳優については詳しかろうと思って、「良い人いませんかね?」と聞いてみた。丸山さんはコーヒーをすすって少し考えたのち、「この役ができるのは、日本人だと一人しかいません。ピエール瀧ですね」と自信たっぷりに言った。ああっ!と私は声をあげた。丸山さんがなんでそんな自信たっぷりだったのかは未だにわからないが、その時の興奮を今でも鮮明に覚えている。たしかにピエール瀧さんが演じたら絶対面白い。
ピエール瀧さんといえば、私のスターだ。電気グルーヴや俳優としての活動はもちろんだが、自分の幼少期まで遡ってみると、TV番組「ポンキッキーズ」でピエール瀧さんを見るのが毎朝楽しみだった。どれだけ考えてみても、ピエール瀧さんが監督・杉田を演じたら完璧だと思った。しかし、出演オファーを出したところで、よくて断られるか、まあ無視されるだろうとも思った。
それでも、ダメ元もダメ元で、脚本を添付して出演依頼のメールを書いてみた。数日経ってお返事が来て驚いた。スケジュールが合えば出演してくれるという。人生聞いてみないとわからないこともあるものだな、と震えた。そしてピエール瀧さんには、リハーサル・撮影を通して、震えさせられ続けることになる。
3.松田弘子さん(フミコ役)
松田さんとはじめてお会いしたのは、私が助監督で参加した映画『義父養父』(大美賀均監督/2023年秋公開予定)の衣装合わせだった。少し雨のパラつく10月初旬。たしか松田さんはパステルブルーの長靴を履いて、衣装合わせ会場に現れた。とってもキュートだ、と思ったのが第一印象だった。
実は松田さんは、すでにフミコ役の候補としてリストアップしていた女優さんのひとりだった。しかし、どの候補の方も魅力的で、どなたに声をかけるべきか決め手に欠けていた。そんな時、たまたま松田さんと一緒に仕事ができることになり、ものすごく良い機会をもらったと大美賀監督には感謝している。
『義父養父』の撮影中に起きた、松田さんについてご紹介したいエピソードは尽きないが、ひとつだけ挙げるとすれば、松田さんの驚くべき演技についてだろう。松田さんの演技は、脚本に書いてあることを軽々と超えてくる。監督も共演者もスタッフも、松田さんというブラックホールに飲み込まれてゆく感覚が、撮影現場には確かにあった。そして規格外だなと思うのは、松田さんご本人に「すごい演技をしてやろう!」などといった自意識が全くなさそう、いや、おそらく全くないことだ。どんなシーンであれ同じような佇まいと雰囲気で、でも毎回違う松田さんがカメラの前にいることに驚いた。
実際、『マリの話』でも松田さんとのリハーサルを繰り返すことで、脚本や演出を数え切れないほどアップデートさせてもらい、思ってもみなかった素晴らしい演技を撮らせてもらったと深く感謝している。
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深夜、日付がもうすぐ変わろうとしている時刻に、宣伝のIさんから「知りたかった問いに答える内容になっている」と感想が届く。よかった…。遅くまでありがとうございます。
いよいよ明日は1回目の試写だ。