制作と製作を天秤にかけて創作する
vol. 23 2015-08-04 0
ここずっと、ハタケに行ったりしながらロケハンしたりしながら、
ずっと、台本を書いていたんですね。
出演者もすごく多いしね。
なんとか散漫じゃない話を書こうと、
試行錯誤してました。
それで、台本を書き終えて、本読みをやって、
ティザーを作り終えたところです。
(あぁいう、動画をティザーって言うんですね)
増原は沖縄でオペラに出るので、
そのティザーを向こうで見たみたいです。
向こうからメールが来て、
「制作しています、とスーパーが出てますけど、あれ正しくは製作でしょう」
と指摘されました。
それたしかにそうなのね。
映画だと、東宝製作の夏の新作、とか書くのが習わしですね。
あれ、「衣有り製作」「衣無し制作」って
ボクら映像の人間は言ったりするんですが、
マメヒコピクチャーズは、製作でもあるし、制作なわけね。
金も集めて、作品として仕上げるのが製作とすれば、
マメヒコは製作もする、稀有な制作集団だということですね。
創造性のある縫い子さんたちが、
自分たちでお客を集め、自分たちで注文を採り、
自分たちで店を開き、自分たちで布にハサミを入れ、
ミシンを掛ける。
マメヒコピクチャーズはそういうことをやってるから、
制作であり、製作なんですね。
ここしばらくは、脚本家であったし、
さらにこれから完成までは、
監督にならなければいけないので、
「制作」のプライドを持たなくては創れないんですね。
メーカーと販売が別なことは、事業を効率化し、
最大の利益を得る上では、とても効率的なことです。
アーティストがマネージメント会社に所属するのも同じ理屈です。
だけど、世の中が変わってしまっているのに、ここが過ぎてしまって、
効率どころか、ちっともあたらしいところ進めないでいるという、
砂の噛むような思いがあった。
だから、マメヒコをボクは作ったんです。
ややこしいことを言っているけど、
あるものを直して使うんじゃなくて、
まったく一から組み立ててみなければ新しいものは作れないと、
マメヒコを始めたんです。
制作と製作を天秤にかけて創作する。
そういう日々が続いています。