本のあらすじ要約をご紹介します!
vol. 4 2017-09-10 0
このクラウドファンディングもあと2週間を残すのみとなりましたが、
「今回の翻訳の内容をもっとよく知ってから応援を決めたい」という声にお応えして、
内容の要約を作りました。
日本初のディーリアスの伝記が、音楽のみならず、いかに文学的・哲学的・宗教的な広がりをもった内容であるか、感じていただけるかと思います。
本の完成をぜひ楽しみにしてください!
エリック・フェンビー 著/小町 碧 訳/向井大策 監訳
ソング・オブ・サマー 真実のディーリアス
Delius as I knew him (1936/1981)
第1部 フレデリック・ディーリアス、人生の間奏
第1章 フランスにいる作曲家ディーリアスが盲目と全身麻痺で作曲できないと知った22歳の若き音楽家フェンビーは、作曲の手伝いをしたいと手紙を送る。以前その不思議な世界に魅了され、感銘を受けたことがあったのだ。作曲家から歓迎の返事が届き、彼は仏グレー・シュル・ロワンへ旅立つ。
第2章 ついにディーリアスと出会い、会話は弾んだが、フェンビーの「イギリスの音楽」という言葉に作曲家は冷淡な反応を示し、フェンビーもこれからの仕事への重圧感に襲われる。
第3章 チェリストのバルジャンスキーが訪ねてくるため、大急ぎでチェロ・ソナタと協奏曲の練習にとりかかったフェンビーは、作品の素晴らしさに魅了される。「春、初めてのカッコウの声を聴いて」のレコードを聴く二人。フェンビーは音楽に浄化されていく人間について語る。バルジャンスキーとの演奏を作曲家は絶賛、フェンビーの緊張はとける。バルフォア・ガーディナーが訪問。作曲家の依頼で交響詩「人生と愛の詩」を2台ピアノのために編曲したフェンビーは、ガーディナーとこの編曲を作曲家の前で演奏する。
第4章 「人生と愛の詩」の編曲についてディーリアスが何も言わないのを、フェンビーは気にしていたが、作曲家は強烈な痛みに苦しみ、音楽どころではない。深い悲しみを感じるフェンビー。痛みが治まり、作曲家はシンプルなメロディーを書き留めてほしいと言うが、口述は失敗し、腹を立てる作曲家。フェンビーもストレスから衰弱してしまう。翌朝、作曲家は打って変わって親切に話しかけ、「人生の愛の詩」について思ったことをすべて話してほしいと言うのだ。フェンビーはイェルカ夫人に勇気づけられ、作曲家の前で演奏し批判的な感想も率直に語る。それを理解した作曲家は、フェンビーに作品の再構成を頼む。一週間後新しい楽譜が完成。作曲家は深く感心し、作曲に対する興味が蘇り始めた。
第5章 秋になり、フェンビーは二人で完成させた「人生と愛の詩」の楽譜をガーディナーに送る。数日後、ガーディナーからフェンビーを勇気づける手紙が届き、フェンビーは自信を得た。ディーリアス邸でのクリスマス・パーティー。作曲家はあいかわらず冷淡で、フェンビーは彼の音楽と性格の温度差にふたたび驚く。
第6章 グレーの厳しい冬。口述による共同作業の方法も徐々に確立し、作曲家の健康、視力、意欲が快復してくる一方、フェンビーは過去に生きる老夫妻と、これからに生きようとする自身の距離を感じる。
第7章 ブゾーニについて話を聞きに来たデント教授に、作曲家はあまりしゃべらず、あとで、ブソーニにはあまり良い扱いを受けなかったとフェンビーに伝える。フィリップ・ヘセルタインはディーリアスの音楽に悲観的な意見を持ち、フェンビーと意見が一致しない。ヘセルタインは秋にロンドンでビーチャムが企画する「ディーリアス音楽祭」について相談する。ヘセルタインがロンドンへ帰ると初めてホームシックに罹るフェンビーだが、作曲家と毎晩の夜の散歩を繰り返すうちに、グレーにいる幸福を実感する。
第8章 山積みになった楽譜の中からあるスケッチを見つけるフェンビー。見たことがない曲だったが、主題が「日没の歌」に似ている。作曲家はドーソンの詩に付けた「シナラ」という曲であることを思い出す。二人はこの曲を完成させ、のちにディーリアス音楽祭にて初演された。
第9章 友人たちの訪問が続く。「非人間的」なほど独特で陽気な作曲家パーシー・グレインジャー。グレインジャーと性格も音楽も正反対のピアニスト、エヴェリン・ハワード・ジョーンズ。老作曲家はジョーンズの演奏を高く評価していたが、ベートーヴェンについて意見が分かれ、会話がうまく進まない。アイルランド人作曲家ノーマン・オニールは、ディーリアスが本当に信頼する数少ない友達のひとりで、フェンビーへのアドバイスは心に残るものだった。そして指揮者トマス・ビーチャム。「ディーリアス音楽祭」をロンドンに聴きにくるように説得するビーチャム。ディーリアスはやっとのことで賛成し、開催が決まった。フェンビーはいったんロンドンに戻ってディーリアスを待つことに。別れるさい作曲家は感謝の気持ちをこめて、金の時計をフェンビーにプレゼントする。
第10章 音楽祭のあいだ、フェンビーはビーチャムの手伝いで忙しく、あまりディーリアスと時間を過ごせないが、ビーチャムのディーリアス解釈を学ぶ。ディーリアスが作曲を再開するとの知らせを聞いたフェンビーはグレーへ向かう。時間はかかったが、ヴァイオリン・ソナタ第3番が口述により完成。ヴァイオリニスト、メイ・ハリソンがグレーを訪れ、ソナタを演奏。作曲家はその解釈に満足した。催眠術による奇妙な「治療」が始まり、フェンビーは違和感を感じるが、作曲家の全身麻痺は少し好くなり、その後数カ月間作曲に没頭。ホイットマンの詩にもとづく二重合唱とオーケストラの作品「別れの歌」が完成する。
第11章 新作「別れの歌」をビーチャムはたいへん気に入り、フェンビーが口述によって作品を完成させたことにも大いに感心する。フェンビーはロンドンで楽譜の出版に尽力する一方で、作曲家からの依頼で指揮者サー・ヘンリー・ウッドのもとへ「夏の歌」を弾きに行く。作品を気に入ったウッドはBBCプロムズで初演。ロンドンではエルガーと会い、その第1交響曲や「ファルスタッフ」について作曲家自身と話すが、その夜ビーチャムによるディーリアスの「夏の庭で」、エルガーの第1交響曲の演奏を聴いたフェンビーは、エルガーの音楽に妙な不快感を感じる。すっかりディーリアスの世界に入り込んでしまい、いままで素晴らしいと思っていた音楽に創造性を感じなくなり、しだいに自分が神経衰弱を病んでいることに気づく。その後快復し、ふたたびグレーに戻ったフェンビーにディーリアスは、あとひとつだけ完成させたい作品があると告げる。ホイットマンの詩を引用した「牧歌」が完成する。フェンビーがイギリスへ戻った頃、エルガーがディーリアスを訪ねる。性格や音楽も正反対な二人の会話について、のちにディーリアスはフェンビーに伝える。共同作業によるすべての作品が完成し、フェンビーは「最高の達成感」とともに故郷に帰る。
第2部 私はどのように共同作業をおこなったか
フェンビーがディーリアスの口述により、どのように作品を書き留めていったのかが語られる。
試行錯誤しながら作品ができあがる過程、そして二人が編み出した独特な手法により、作曲家は作曲を続けることができた。
第3部 私から見たディーリアス──人として、作曲家として
「音楽家としてのディーリアスは、人としてのディーリアスより立派であった」。フェンビーにとって、ディーリアスという作曲家とその人間性は別々に考える必要があった。彼がディーリアスの音楽への尊敬と情熱を保つためでもあり、その人間性をどんなに否定しても、ディーリアスの音楽には人を惹きつける強烈な力があることを自身の経験と精神的困難から思い知っていたのだ。ディーリアスは無神論者で、敬虔なカトリックであるフェンビーを完全に否定した。フェンビーは一生背負うことになる精神的な病に苦しみ、ディーリアスという人間を最後まで尊敬できなかったものの、音楽への情熱は変わらなかった。「彼こそ真の音楽、偉大な、永遠となる名の栄光だ」と締めくくる。
第4部 日没
1933年にフェンビーは故郷スカーボロへ帰るが、その後も手紙のやりとりは続いた。1934年、ディーリアスは亡くなり、英リンプスフィールドに埋葬されたが、それをフェンビーは「間違いだった」と感じる。フェンビーにとってディーリアスの故郷は仏グレーであった。間もなく夫人も亡くなり、ディーリアスの隣に埋められた。唯一正しかったのは、二人並んで眠っていること。フェンビーは自身の青春に別れを告げる。