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人類未踏ルート&単独徒歩での南極点到達をクラウドファンディングで実現!

15年かけて準備してきた南極冒険の夢
-人類未踏ルート&単独徒歩での南極点到達-

人類初の南極冒険を通して、人の意志が受け継がれる事を証明したい。

コレクター
191
現在までに集まった金額
5,709,000
残り日数
13
目標金額 10,000,000 円
このプロジェクトでは、目標達成した場合のみ、
2019年9月30日23:59までに集まった金額がファンディングされます。

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目標金額 10,000,000 円
このプロジェクトでは、目標達成した場合のみ、
2019年9月30日23:59までに集まった金額がファンディングされます。

Presenter
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PRESENTER
阿部 雅龍

プロ冒険家・人力車夫・夢を追う男 1982年生まれ。秋田県出身。秋田大学在校中から冒険活動を開始。 100年前の同郷の探検家白瀬矗南極探検隊長の足跡を伸ばしての人類未踏破ルートでの南極点徒歩到達を目指す。 21歳より冒険活動を開始。基本的なテーマは単独と人力。著書に学校推薦図書『次の夢への一歩』角川書店がある。 資金稼ぎとトレーニングを兼ねて浅草で人力車業を営む。人力車を引いて国内を周り、2017年には 旧国68箇所の一宮を人力車を引いて6400km巡拝。 2019年1月17日。日本初メスナールートによる南極点単独徒歩到達(918km)を達成。 2019年3月板橋区民栄誉賞受賞。

このプロジェクトについて

人類初の南極冒険を通して、人の意志が受け継がれる事を証明したい。

こんにちは、プロの冒険家の阿部雅龍です。21歳の大学生の時に冒険を始め、単独(チームで仲間の力を頼るのでなく独りで挑み)・人力(自分の肉体の力だけで冒険をする。エンジンなどの機械はもちろん、犬ぞりなど動物の力も使わない)という過酷なスタイルで、自転車で南米大陸を縦断、自作イカダでのアマゾン川下り、南極点に徒歩で到達など、世界を冒険してきました。

そしてついに、小さい頃から憧れてきた先人の夢を継ぐ、15年の冒険人生集大成の冒険に挑戦します。人類未踏ルートの開拓。世界最高レベルの難易度。必要な資金は約1億円(内訳は後述)。その冒険を実現するための一人に、なっていただけませんか?

阿部雅龍のことをよく知る方や、バックグラウンドよりも今回の冒険が知りたい!という方は、「5」よりお読みください。

1.阿部雅龍とは?

肩書は「夢を追う男」です。検索サイトで入れると一番上に出てきます。プロの冒険家は僕の数ある顔のうちの一つです。幼い頃から冒険家に憧れ、21歳、大学の就職活動時代に一念発起。冒険家としてのキャリアをスタートしました。1982年生まれの現在36歳。就職をした事は一度もありませんので履歴書の職歴は白紙です。15年の月日を費やして世界中を飛び回って生きてきました。

複数の"ジョブ"を持っていて、執筆や講演の仕事もこなしますが、普段はトレーニングを兼ねて東京浅草で人力車の会社を個人で営んでいます。

”単独”と”人力”であればどんな冒険でもします。過去には登山・自転車・徒歩・カヌー・イカダ・人力車などで冒険し、子供の頃のワクワクを大事に活動しています。

始めた頃は、人脈もお金もなく、夢しか無い若者でした。夢を実現する為に、話下手を努力と勉強で直し、プレゼン能力や社交術なども現場で失敗しながら独学で学んできました。無数の失敗もしましたが、継続するうちに活動が多くの方に認められ、29歳の時には自伝『次の夢への一歩』(角川書店 学校推薦図書)を出版。今年1月には世界の果て南極点に歩いて到達。3月には在住の東京都板橋区より区民栄誉賞を受賞しました。

夢しかなかった大学生は、大人になり多くの人達に支えられ、プロとして生きています。

冒険家でも生きていける。その経験から「夢は叶う。」ことを冒険を通じて伝える事をミッションにしています。

2.体が弱くていじめられっこだった幼少時代、憧れは冒険家

2-1,最初の記憶は父親の死。本と自然が友達だった気弱な少年時代

父親の葬式が最初の記憶です。僕が4歳のとき、父親が交通事故により29歳という若さで他界しました。父から遊んで貰った記憶はありませんが、葬式だけははっきり覚えています。

「人は必ず死ぬ。」

この事実が、父が僕に教えてくれたものです。そのせいか、幼い頃から人間の死について考えていました。いつ死ぬか分からないのなら、後悔しないように生きていかなければならない。自然とそう思うようになりました。

父が他界した頃、自分に母親がいる事を知りませんでした。

ある日突然、母親だと言う人が父方の家に現れ、僕はお迎えの車に押し込まれました。僕はその時に母に言った言葉を覚えています。

「僕にお母さんはいない!!」

それまで秋田の中では都会に住んでいましたが、一転、田舎に移住しました。

自然に囲まれ、家の前は田んぼ。小屋には牛と馬がいて、祖父が操る馬ソリに乗っていました。

今でこそ数々の冒険を成し遂げ、強い身体を持っていますが、少年時代は病弱でいじめられっ子。身体が弱く、よく夜に熱を出すので、しょっちゅう夜間病院に連れて行かれました。学校では排斥される側の子供で、先生が「みんな自由に班を作って」と言うと、1人だけ余ってしまう、そんな子供でした。マサタツという名前なので、小学生のときは"ガモタツ”というキャッチーなアダ名を拝受。ガモとは秋田弁で男性器を意味し、それが立つ、という意味です。

大人たちも学校も好きじゃない。世界は差別的で不平等だ。

そんな僕にも居場所がありました。それが自然と本でした。

面倒な大人の社会、排斥される学校の社会。全てにウンザリしていました。でも、自然は違う。僕を平等に扱ってくれ、自然の中で遊ぶのが心地良かったのです。本を読んでその世界に入ると何にでもなれました。

2-2, 南極への憧れをくれた冒険家 母が買い与えた一冊の本が人生に志を灯した

一冊の本がいつまでも心に残る事があります。僕はその本を今でも持っています。

未知の世界を開いた探検』(金の星社)

学校で購買を勧められる学校推薦図書。手に入れたのは10歳の時。なぜ母がこれを買い与えたのか、母も覚えていないと言っていました。

コロンブスやアムンゼン、ヘディンなど歴史的な冒険家たちの伝記がマンガで描かれた親しみやすい本でした。

危険な冒険でも、意志強く、どんな困難にも正面切って立ち向かう。その姿が僕の憧れでした。勇気を出して挑み克服して行く。その姿は弱かった少年の僕にとってはたまらなく眩しく見えました。

その中でひときわ目を奪われたのが白瀬矗隊長でした。100年以上前の明治末期に探検隊を組織、日本人として初めて南極を探検した方で、僕と同じ秋田県出身でした。同じ東北の田舎秋田から南極を冒険した男がいる。そんなマンガみたい生き方があるのか。

いま思うと、この頃から僕の心には南極が住み着いていたのでしょう。

ただ、弱い僕には、冒険家なんて無縁の世界。憧れるだけの世界。子供の頃から自分の可能性をどこか諦めていて、なんとなく大人になっていきました。

2-3,踏み出すきっかけ。恩師の冒険家との出逢い

「夢なんて叶わない。」そう思っていました。

冒険を始めた理由は、夢が持てなかった学生時代に、冒険家の大場満郎氏に出会ったことがきっかけでした。どちらかと言えば病弱で、いじめられっ子体質だったからかもしれませんが、幼少期から探検家や冒険家の話が好きでした。無理だとも思える困難に、情熱と勇気を持って立ち向かって行く冒険家達の姿は、私のヒーロー像であり、憧れの存在でした。当然僕も「いつか世界中を冒険する」と思っていました。ところが大人になるにつれて、「夢なんてかなわない。夢を追う生き方は他人に認めてもらえない」と考えるようになったのです。

夢を心の隅に持ったままなんとなく大学に入り、4年生になろうとしていました。大学生が迎える一大イベント”シューカツ”、つまりは就職活動に直面しました。そのとき気付いたのです。働きたい仕事がないという事に。

その時、自分に問いかけました。「僕の生きたい生き方ってなんだろう?」人生に迷っているとき、ある記事を読みました。それは、世界で初めて北極と南極を単独横断した極地冒険家の大場満郎さんについてでした。「なぜ冒険に行くんですか?」その問いに大場さんは、

「笑って死ねる人生がいい。人生は一度しかない。だから冒険したいんだ」

という趣旨の事を話していました。衝撃を受けました。僕は笑って死ねるのだろうか・・・。

そうだ、僕は夢があったんだ。冒険家になれば、憧れの人たちみたいにカッコよくなれるかな?

彼が山形で冒険学校という自然学校を主宰していると知り、手紙を書きました。

「あなたみたいな男になりたい。どうか傍に置かせてください。」

大学に休学届けを付きだして、周囲の反対を押し切り、再婚もせず女手一つで内職までして育ててくれた母親とも大ゲンカ。なかば勘当される形で冒険学校に向かいました。全てを振り切ってでも行動しなければと感じたから。

いま変わらないと、僕は僕のことを一生嫌いなまま生きて行かなければならない。僕は自分のことを好きになりたかった。

2-4, 初めての冒険へ 初めての海外は南米大陸自転車縦断

冒険学校でスタッフとして働き多くの事を学んだ後、1日16時間働いて資金を貯め、南米へと自転車で縦断する為に飛びました。当時22歳の僕にとってそれは不可能と思えるような冒険でした。海外には行ったことがない。英語どころか南米の主要言語スペイン語も話せない。現地の知人は誰もいない。だからこそ、不可能と思える事に挑戦してみたかったのです。目の前の状況から逃げて自己嫌悪に陥るような自分には二度となりたくなったから。

とはいえ、荷物を積んだ60kgもある自転車のペダルをこいだ時は真っ直ぐに進むことさえ困難でした。進むのはアンデス山脈です。永遠にも思えるアップダウン。20km登っては20km下る、の脅威的な繰り返し。序盤は圧倒的な疲労に悩まされ、自転車を降りて押しながら進む事がほとんど。永遠と続く坂道を見ると、精神的に参りそうになるので、ずっと下を向いたまま靴底に穴が空くまで歩きました。さらに高所の強い日差しが体力を奪い、肌を焦がします。

「もうやめたい。」何度もそう考えました。いっその事、自転車が盗まれでもしないだろうか?そうすれば、帰る理由ができる。そんな自暴自棄な考えまで浮かびました。

そんな時に、助けてくれたのは、現地の人の優しさでした。そして、初めての冒険からあることを学びました。

自転車で旅をしていると道すがらの人とアミーゴ(友達)になります。陽気なラテンアメリカンからスペイン語を会話で学びました。僕が「オラ、コモエスタス(こんにちは、元気)?」とスペイン語で話しかけると、「僕の国の言葉を話してくれてありがとう!!」と大感激しながら、こっちが分からなくてもグイグイと話しかけてくれるのです。

「自転車で旅をしている」と言うと、多くの人が驚愕しつつおもてなしをしてくれます。ある日、道端の食堂に入りランチをしていたとき、隣に座ってるトラックの運転手と会話が弾みました。彼は「良い旅を楽しんでね、チャオ」と先に出て行きました。その後、僕が会計をしようとすると、店の主人が「さっきの運転者が払っていったよ」と言うのです。彼はそんな事僕にはなにも言わずに出て行きました。店を出て、自転車に乗りながら無償の優しさに涙を流しました。そんな親切を旅をしている間に何度も受けました。

いつしか僕には、旅をやめたい気持ちはなくなっていました。「応援してくれた彼らの為に夢を絶対に成し遂げる」という風に変わっていったのです。人間は自分の為ではなく、誰かの為に生きた時に本当に強くなれる。それが最初の冒険で感じた事です。

約10ヶ月11,000km、南米の国道が終わる最南端までを走り抜いた時。

僕が感じたのは達成感ではなく希望でした。努力すればどこにだって行ける。海を越えてもっと南に行けば、南極がある。そうだ、望めば南極点までも行けるかもしれない。

久々に帰国し母親に会うと、母親は言いました。

「あなたが本気で、止められないのは分かったわ。だからお母さんがあなたの一番目のファンになるわ。」

3.使命感。北極の老紳士との死別の誓い。冒険で人の出逢いがくれたもの

21歳で冒険を始めて以来、熱病マラリアにかかって高熱で一時的に失明した、自作イカダでのアマゾン川下りの冒険や、標高5000mの砂漠を走った南米自転車縦断、グリズリーの危険に震えるカナディアンロッキー山脈縦走冒険、シロクマに襲われテントを破壊される北極徒歩冒険、などなど。

何度もボロボロになり、死にそうな体験もしましたが、一方で、冒険をする中で、僕を無償で心から応援してくれる人たちに出逢い、始めは自分の事しか考えてなかった僕も、「世界中で受けた無償の応援に応えるためにも絶対に冒険の夢を叶えるんだ」という使命感を持つようになりました。

その中で特に忘れ得ぬのが、北極での奇跡の出逢い。80歳の元市長、白髪紳士との死別の誓いです。

南極のトレーニングのため、これまで北極へ3度通い、独りで凍った海の上を2000km以上歩きました。最初は、北極のイヌイットの町に誰も知り合いがいないのに、冒険の装備だけ持って飛び込みました。その時に出逢ったのがブライアンでした。

ブライアンは80歳のリバプール出身の英国人紳士。カナダにあるイヌイットの町、ヌナブト準州州都イカルイットの元市長で、北極に行って初めて知り合ったのがブライアンでした。彼は町の顔で僕を随分と面倒を見てくれ、彼のお蔭で僕の北極冒険は成功したと言えます。

僕を息子のように旧友のように扱ってくれました。

「よく食べる日本人が来たから料理が大変だ」

といいながら、キッチンでニコニコしながら料理を作るブライアンが日常にいました。

ブライアンは多くの輝く言葉を僕に言ってくれました。

「マサ、君は必ず成功するよ。世界中のどこに行っても誰もが君に恋をする。」

「僕は15歳の時に船に乗りイギリスから世界に出た。世界中を見て、このヌナブト準州では16年間市長を務め、一流の人間にも世界中のVIPにも会ってきた。だから分かる。君はSingle Mindedness(一意専心)という魅力を持っている。1つの事を思い続けれらる強い気持ち。残念ながら、これを持っている人は多い訳じゃない。そして、これを持っている人は必ず成功する。僕は残念ながら持っていないんだけどね。」

と笑っていました。ブライアンは社会的に大成功した人物です。市長を務め上げ、ビジネスも成功し、ファーストクラスで世界中を飛び回った。その80歳のブライアンが言う「成功」は、一般的な成功とは違う気がしました。

そんなブライアンですが3年前にガンで他界しました。彼が亡くなる3日前に電話で話しました。なせか急にブライアンに電話をしなければいけないような気がしたからです。それまで何度か電話をしていましたが病床にいるせいか繋がらずにいましたが、その時は彼の親族が出ました。名前を告げると、「あぁ、あなたがあの日本人なのね。あなたの話はよく聞いていたのよ。」と笑いながらブライアンに繋いでくれました。でもブライアンは衰弱していてほとんど話すことができず、いつも愉快にジョークを飛ばしていた声も、まったく聞き取ることができません。僕は何を話していいのかわからなくなり、眼から涙が止めどなく流れ口からは嗚咽が漏れました。

すると、電話口からかすれる声で「Antarctica(南極)」という単語が…。

僕は、「実現はすごく難しいけどガンバってるよ。そうだ、人力車で南極点まで行こうか。ブライアンは人力車に乗っていればいいだけだよ。」と言うと、笑い声が聞こえてきました。「病気が治ったら約束通り日本に行きたい。案内してくれるか?」とブライアン。「勿論、どこにでも連れていく。僕の母親にも会って欲しいし、日本も、僕の地元の秋田も素晴らしいところだよ。」と答えると、スマホのスピーカーから彼の嗚咽が聞こえてきました。家族の方が「もう体力的に限界なので今日は電話はここまでにしよう。」と電話を切ろうとしたので、僕は言いたい言葉があるので少しだけ変わって欲しいとお願いしました。いま言っておかないといけない気がする。 

『愛してるよ。』

それはブライアンがいつも僕に言ってくれた言葉だ。電話した3日後。彼が亡くなったという電話が北極から届いた。

ブライアンとの約束。「人類未踏しらせルートでの南極点到達」。

実現して、北極の町にある彼の墓前に行きたい。彼が美味しいと行ってくれた日本産のウイスキーを持って。

4.冒険家ではなく「夢を追う男」 誰でも変身できる

”夢を追う男”という名前で検索すると僕が一番上に出てきます。今でもそうですが、僕は夢を追う男という肩書をメインで使っています。

プロの冒険家、人力車夫、講演家、作家、などは"夢を追う男"の顔の1つと言えます。

"夢を追う男"という肩書は、オダギリジョーさんが扮した仮面ライダークウガの主人公・五代雄介から拝借したものです。幼少の子供にとって仮面ライダーは冒険家と同じように強くて優しくて格好いい存在。僕が子供の頃は仮面ライダーブラックを見て憧れたものですが、高校生の時に放映していたのがクウガでした。主人公・五代雄介はまさに理想とする人間像で、彼のようになりたいという想いから、21歳で冒険を志した時、僕は”夢を追う男”に変身しました。もちろん、実際に姿を変えることは出来ませんが、"夢を追う男"になる事で心は変身し、そのお陰で数々の冒険を成し遂げられたと思っています。

心の持ちようで人間は変われる。

講演会の仕事を数多くこなし、計5万人以上に講演して来ました。一番多いのが学校での講演会です。講演会では僕自身が弱い人間だった過去から、

「誰でも心の持ちようで変身できる。夢は叶う。」

と学生たちに伝えています。話すだけでなく、夢を叶え続ける事を身を持って証明したい。その証明となる最大の冒険が、今回の人類初の南極冒険です。

5.15年。「背中」を追い続けてきた白瀬矗隊長と夢のルート

少年時代に憧れた白瀬矗隊長。実は彼は南極点には立てなかったのです。明治末期の当時、南極を冒険しただけでも奇跡的な事でしたが、南極の環境は厳しく、白瀬隊は南極点を諦め、南極の学術的調査を中心にする事を決意します。その英断によって、隊員たちは全員生還し、帰国しました。

白瀬隊がもっとも南極点に近付いた地点が、大和雪原(南緯80度5分 西経156度37分)と名付けられ、世界の地図にも正式に表記されています。

しかしご存知ですか?

100年前に彼が行こうとしたルートで南極点を実現した人は誰もいなく、大和雪原から先は未だに人類未踏です。

幼い頃に憧れたヒーロー白瀬隊長。その背中を15年の冒険人生で追い続けてきました。そして今年1月には日本人初のルートで南極点に立ってきました。

今こそ、彼の背中に追いつき、その100年越しの夢を完結させる時が来ました。

南極は世界で一番過酷で生き物を拒みつつける大陸です。

面積は1400万㎢(オーストラリア大陸の2倍)、平均約2000mにおよぶ氷が大陸を覆っています。氷の厚さの影響で南極点の標高は2830mもあります。実は南極を横断する山脈もあり南極最高峰のビンソンマシフは、4892mあります。-90℃以下を記録した世界で最も寒い地域で、南極特有の滑降風(カタバ風)により、瞬間最大風速100mに達した記録もあります。

僕が行くのは南極の白夜にあたる時期ですが、それでも気温は-30℃。常に強風が吹いているので体感気温は-50℃にもなります。その影響でこの前の南極冒険では顔が凍傷でやられ、顔の片方の皮膚が壊死。顔がドス黒くなりました。

南極というとペンギンがいるイメージがあると思いますが、あれは沿岸部に生息するだけで、僕が冒険している内陸には生物が一切いません。それどころか極度の寒さと乾燥でバクテリアさえ生きられず、手術室並みに清潔で、風邪さえ引きません。

現在の南極条約では動植物の持ち込みは禁止されており、そのため、1982年に植村直己氏がチャレンジしようとしていた犬ゾリによる南極大陸横断は、実現不可能になっています。

冒険期間2ヶ月以上に及ぶ食料や燃料などの装備はすべて自分の力で運ぶため、それらを積み込むソリは約150kgに達します。そのソリを腰に付けたベルトで引きながら、毎日10時間以上歩かなければなりません。また、氷河の上にはクレバスがあり、転落すれば命を落とす可能性もあり、注意力の維持が必要です。

超低温下での行動は、想像以上の体力を消耗するため、毎日6000キロカロリー以上の栄養を摂取する必要があります。なので、僕はバターを毎日1パック食べ、油を飲みます。それでもこの前の南極では7kg痩せました。

コンパスは実は南極 "点"を指していません。南極では地球の自転によって磁場が発生し、コンパスは南極点ではなく、南磁極を指します。そのため南極点に向かうには(その方角からでも南進と言います)、時計と太陽を利用する方法で方角を決めます。

他にも様々な、「通常とは違う」条件が南極には詰まっています。

白瀬矗隊長は帰国して日本で亡くなる前に、こんな辞世の句を読んでいます。

「我れ無くも かならず探せ 南極の 地中の宝 世にいだすまで」

この句を見た時、彼が埋めた宝とは、日本人が昔からもっているチャレンジスピリットではないかと直感的に思いました。その宝を掘り起こしたい。彼の夢を100年後の現代で実現する事で、「人の意志が100年以上受け継がれて行く事」、つまり、肉体が朽ち果てようとも、僕らの意志は生き続けるのだということを、行動で証明したいのです。

6.初めて降り立った南極大陸。南極冒険史に残る最悪の天気に苦戦。そしていよいよ最後の挑戦

登山のように南極にも幾つもの既存のルートが存在します。白瀬隊長のルートは人類未踏。それを成し遂げるには実際に南極での経験が必要だと思い、今年1月にはメスナールートという日本人が初めて踏破するルートで、55日間918km歩いて南極点に立ってきました。

南極はほぼ砂漠です。降水量が砂漠程度で極端に乾燥しているから雪はほぼ降らないのです。それでも南極が氷の大陸なのは寒すぎて氷が融けないからです。しかし、今年1月に冒険した時には、僕がいた地域に低気圧が発生、異常な積雪をもたらしました。引いていた120kgのソリが雪に潜り、どんなに力を込めてもほとんど進まない。過去の冒険家のケースを調査してから行く訳ですが、こんな積雪は聞いたことがありません。

自分の時になぜ過去に例がない事が起こるのか、と自然の理不尽さを嘆く気持ちも沸き起こりながら、それでも55日間かけてなんとか南極点へたどり着きました。予定では40日間で到着予定。いかに苦戦したのかがわかってもらえるかと思います。

南極には精鋭の冒険家たちが集まります。しかし後で分かった事ですが、あの積雪でほとんどの冒険家たちが体力もしくは精神をやられてしまい、途中でリタイアしていたそうです。

最悪の天気を経験しましたが、達成した今となっては、人類未踏ルートをやる為に与えられた試練だったように思えます。大きな経験値を得たことで、一気にレベルアップしたのを実感しています。

この南極点到達の実績を得て、今冬、白瀬隊長の南極点に独りで歩いて挑戦します。

白瀬隊長の最終到達地点・大和雪原から南極点。その大半が人類未踏。距離で言うと1,300km程度になると予想されます。期間は60~70日間。

冒険の難易度は最高レベル。理由は3つあります。

  • 人類初のルートで情報がない(誰かの轍があるのと、自分で轍を作るのでは大違い)
  • 南極横断山脈を150kgのソリを引いて越える(標高は3200mまで上がります)
  • 氷の割れ目の落とし穴クラバスが山脈越えには多数存在する(深さ30mの自然の落とし穴。落ちたら最後)

ものすごく難しいチャレンジですが、1月の南極冒険で多くの事を学んでいるので、今の僕なら、苦労しながらも、乗り越えられるはずです。

7.南極冒険の飛行機チャーターには約1億円かかります

南極のスタート地点までは、特別に飛行機をチャーターして飛ばす必要があります。南米チリから南極大陸のスタート地点までと、ゴールの南極点からチリに戻るまでの飛行機だけで、約1億円がかかります。

飛行機代がこれほど高くなるのは、僕の為だけに今まで降り立った事がない場所へフルチャーターすることが理由の一つ。また、スタート地点が南極にあるベースキャンプから遠く、小型プロペラ機ではその距離を一回で飛べないため、何もない雪原に中継地点を作り、燃料を予め備蓄して置かなればならないため、僕のフライトより前に、裏で何度も飛ばなければならないからです。

そしてもちろん、飛行機以外にも以下のような費用がかかります。

【資金明細】

  • スタート地点までの飛行機チャータ費 約7500万円
  • 装備費 約150万円
  • 日本から南米への荷物運送費 約50万円
  • 衛星携帯電話通信費 約30万円
  • 食費 約30万円
  • 南米での滞在費 約20万円
  • 冒険用生命保険 約20万円

合計 7800万円

今回のクラウドファンディングでは、このチャーター費用の一部1000万円を目標としてファンディングを行います。それ以外に、これまでの講演活動や人力車の仕事でためてきた自己資金、企業からのスポンサー探しも行い、上記費用を賄えるようにしたいと思っています。もちろん、クラウドファンディングで、1000万円以上の費用が集まれば、大きな力になります。

例え1000万に到達しなくても、南極冒険を実現させ、達成する為に全力で尽力します。

8.冒険のスケジュール

【2019年11月頭】

出国、南米チリ・プンタアレーナス経由で南極冒険のベースキャンプ ユニオン・グレイシャー(南極)へ

【11月中旬】

スタート地点にフライト

大和雪原(南緯80°05 西経156°37) 白瀬南極探検隊最南到達地点に降り立つ。

南極点に向け歩き出す。

【2020年1月中旬】

南極点到達。飛行機でピックアップ。

【1月下旬】

再び南米を経由し日本に帰国。

9.情報発信について

GPS信号の発信が可能な衛星電話回線を使用し、位置情報や現地情報をSNSやホームページ上でリアルタイム発信します。1月の冒険を始め、過去の冒険時にも発信をしているので、ぜひご覧ください。

10.本プロジェクトのリスクと実現可能性

【冒険成功の可能性】

成功させる自信があります。今年1月に日本人初ルートで南極点に到達したという実績のみならず、過去3回の北極冒険で-40℃以下の環境を単独で2000km以上踏破していたり、北極南極のみならずあらゆる手段で世界を冒険してきました。例えリスクが多いところでも経験と体力で切り抜ける事が僕なら出来ます。普段は人力車業を営んで万全に身体を鍛えています。人類初しらせルートでの南極点をやれるだけの体力・実力・経験がある日本人は、僕だけだと確信しています。

この冒険を達成させた後は、日本に冒険学校を創立し、自然を通した安全な冒険アクティビティで”チャレンジする楽しさ”を伝えていく環境を作ることが次の夢です。

白瀬さんや、恩師の大場さん、世界で応援してくれた人たち。

その想いを紡ぎ繋いで行きたい。人の意志は受け継がれて行くのだから。

11.リターンの紹介

南極点で掲げる旗に名前記入と冒険報告書データ送付】

南極点であなたの名前を記入した旗を掲げます。冒険の支出表を含めた報告書をデータにお送りします。

【全力支援コース(サイト手数料を除いた全てが冒険資金に)

全ての支援方法の中で、もっとも経費がかからず、最大限に阿部の資金になるコースです。何口でも応募頂けます。

【限定南極冒険コラムを執筆(各回1,200字程度計5回)コース】

執筆業もしている阿部が、南極冒険の特別コラムを支援して頂いた方、限定でメールにてお届けまします。南極冒険家後に1,200字程度を5回配信予定。

【全力支援コース改 冒険で使うスキー板に貴方の名前を書いて歩きます】

更に最大限、阿部の冒険資金を応援できるコース。南極を歩く時に履くスキー板にあなたの名前を書きます。

【南極出発直前の南米チリから手紙をお届けコース】

南極への経由地で、最終調整を行う世界最南の都市チリ・プンタアレーナスより手紙を送ります。

【南極冒険の写真をA4印刷してお送りします(3種類より選択)コース】

南極点到達の瞬間、美しい南極の自然、冒険の様子など、印刷所に頼んだ高品質の写真をお届けます。

【人力車夫・阿部雅龍による解説付き!ぶらり浅草ツアーコース】

浅草で人力車業を営む阿部が浅草を一緒に歩いてご案内します。一緒に皆でのランチ付き。10人限定。行程は5時間程度を予定。日付調整は後日。(ランチ代は込み、その他の飲食代は別途)

【達成後、南極点から電話しますコース】

世界の果て南極点。冒険の達成後にそこから衛星携帯電話で到達報告のご連絡をします。感動の瞬間を共に共有。50名限定。

【南極点とあなたの写真を一緒に撮影します。データお渡し】

南極冒険にあなたがお好きな写真(L版サイズ)を阿部が持参し、南極点と写真の組み合わせで撮影してきます。撮影したデータはお渡しします。50名限定。

【南極点であなたにメッセージ動画を撮影します】

到達した南極点であなた、もしくは声を届けたい方への名前を叫び、感謝のメッセージ動画を撮影してきます。30名限定。

【空港で見送り&出迎え&手にメッセージ書き+帰国直後の記者会見に参加&一緒に記念撮影】

メディアとスポンサー様にしか開示していない出発と帰国の瞬間に特別にご招待します。

空港で旅立つ直前の阿部の手に応援メッセージを書き、阿部が一緒に南極に旅立ちます。

また関係者とメディアだけの帰国の記者会見に招待します。帰国直後の阿部と記念撮影ができます。一緒に撮影したい品物がある場合は持参しても構いません。限定20名。

【一緒に食事をしながらお話 or ご自宅・企業様を訪問します(2時間)】

阿部が直接に訪問し食事テーブルを囲みながら、個別や少人数でしかできない冒険の話や裏話をお話します。(交通費と飲食代は含みません、講演会ではありません)

【タイヤ引き、ジム、人力車引き体験で、一緒にトレーニング!(各回最大4名)】

阿部のトレーニングを半日かけて体験できます。阿部の東京板橋の自宅やジムでのトレーニングと指導、南極のソリ引きが体感できるタイヤ引きダッシュ、人力車を引く体験まで。阿部が全力で声援を送りながら、あなたが立てなくなって泣くまで追い込みます。

【結婚式やイベントを阿部雅龍が人力車で一緒に盛り上げます】

阿部が人力車であなたのイベントに登場。11年の人力車がある阿部の人力車は別格。口上や走りで場を全力で盛り上げます。運行拘束時間は3時間(遠方の場合、別人力車運搬のレンタカー代と高速代、ガソリン代は別途

【1泊2日の人力車冒険に参加】

阿部と人力車を引く冒険に行きましょう。関東圏で景色が楽しめて坂道がある場所を選択。100kgの人力車を引いて体力の限界に挑ませます。阿部は人力車を引いて日本を約1万km走っています。ガイドとサポートと限界突破まで追い込のはお任せ下さい。宿泊は阿部が用意したテントで、阿部と一緒にテント泊になる可能性もあり、寝るときまで心が休まらない可能性もあります。(基本的な食事含む。それ以外は自己負担。及び現地への交通費と衣服は各自負担)

【講演会or報告会を行ないます】

南極から帰国後に講演会を企業や集まり、イベントなどで阿部が出演し登壇します。今までに講演回数500回述べ5万人以上に話しており、学校や企業研修などでも、「冒険から学ぶリスクマネジメント」、「冒険におけるモチベーションと目標の保ち方」、「冒険から学ぶチームビルディング」など好評を頂いております。

【3日間の雪中トレーニングで南極冒険のノウハウを教授します】

北極南極のスペシャリストである阿部が、極限の環境で生きて行く術を共に行動しテント泊し伝授します。これで急に世界が氷河期になってもあなたは生存可能です。厳冬期の北海道の自然の中でのテント泊、ソリ引き行動、を予定しています。ブリザードの中でも安全にテント設営する方法、極寒でのトイレ、-40℃の世界でのフードマネジメントなど、阿部でしか伝授できないことばかり。エクストリームな環境下での行動ですが、阿部がしっかりとサポートします。サポートはしますがとことんまで追い込む地獄の3日間になりますが、終了時にはあなたも南極点に挑戦できる!?(基本的な食事含む。それ以外は自己負担。及び現地への交通費と衣服は各自負担)

【スポンサー企業様向け】南極点でフラッグ掲揚

あなたの会社もしくは団体のロゴや社名が入ったフラッグを南極点で掲揚し写真を撮ってきます。データはお渡し。自由に御社で広報などにお使い下さい。

【スポンサー企業様向け】冒険で使うウェアの袖にロゴを掲載します】

あなたの会社もしくは団体のロゴをウェアの袖につけて冒険。南極点で写真を撮ってきます。データはお渡し。自由に御社で広報などにお使い下さい。南極冒険前後のメディア露出、記者会見などで御社がロゴでPRされます。

【スポンサー企業様向け】冒険で使うソリにロゴを掲載します】

あなたの会社もしくは団体のロゴを冒険ソリにつけて冒険。南極点で写真を撮ってきます。データはお渡し。自由に御社で広報などにお使い下さい。南極冒険前後のメディア露出、記者会見などで御社がロゴでPRされます。

【スポンサー企業様向け】冒険で使うウェアの胸にロゴを掲載します】

あなたの会社もしくは団体のロゴをウェアの胸につけて冒険。南極点で写真を撮ってきます。データはお渡し。自由に御社で広報などにお使い下さい。南極冒険前後のメディア露出、記者会見などで御社がロゴでPRされます。

リターンを選ぶ

  • 5000

    旗に名前と報告書

    • 南極点で掲げる旗に名前記入と冒険報告書データ送付
    • 2020年03月 にお届け予定です。
    • 59人が応援しています。
  • 10000

    全力支援コース(サイト手数料を除いた全てが冒険資金に)

    • 南極点で掲げる旗に名前記入と冒険報告書データ送付
    • 2020年03月 にお届け予定です。
    • 59人が応援しています。
  • 残り96枚

    10000

    限定南極冒険コラムを執筆(各回1,200字程度計5回)

    • 限定南極冒険コラムを執筆(各回1,200字程度計5回)
    • 2020年02月 にお届け予定です。
    • 4人が応援しています。
  • 残り25枚

    20000

    全力支援コース改 冒険で使うスキー板に貴方の名前を書いて歩きます

    • 南極点で掲げる旗に名前記入と冒険報告書データ送付
    • 2020年03月 にお届け予定です。
    • 25人が応援しています。
  • 20000

    南極出発直前の南米チリから手紙をお届け

    • 南極点で掲げる旗に名前記入と冒険報告書データ送付
    • 南極出発直前の南米チリから手紙をお届け
    • 2020年03月 にお届け予定です。
    • 10人が応援しています。
  • 残り39枚

    20000

    南極冒険の写真をA4印刷してお送りします(3種類より選択)

    • 南極冒険の写真をA4印刷してお送りします(3種類より選択)
    • 2020年03月 にお届け予定です。
    • 11人が応援しています。
  • 残り18枚

    20000

    人力車夫・阿部雅龍による解説付き!ぶらり浅草ツアー

    • 人力車夫・阿部雅龍による解説付き!ぶらり浅草ツアー
    • 2020年03月 にお届け予定です。
    • 12人が応援しています。
  • 残り50枚

    50000

    達成後、南極点から電話します。

    • 南極点で掲げる旗に名前記入と冒険報告書データ送付
    • 2020年03月 にお届け予定です。
    • 0人が応援しています。
  • 残り46枚

    50000

    南極点とあなたの写真を一緒に撮影します。データお渡し。

    • 南極点で掲げる旗に名前記入と冒険報告書データ送付
    • 南極出発直前の南米チリから手紙をお届け
    • 2020年03月 にお届け予定です。
    • 4人が応援しています。
  • 残り26枚

    100000

    南極点であなたにメッセージ動画を撮影します

    • 南極点で掲げる旗に名前記入と冒険報告書データ送付
    • 南極出発直前の南米チリから手紙をお届け
    • 2020年03月 にお届け予定です。
    • 4人が応援しています。
  • 残り20枚

    100000

    空港で見送り&出迎え&手にメッセージ書き+帰国直後の記者会見に参加&一緒に記念撮影

    • 空港で見送り&出迎え&手にメッセージ書き+帰国直後の記者会見に参加&一緒に記念撮影
    • 2019年11月 にお届け予定です。
    • 0人が応援しています。
  • 残り10枚

    100000

    一緒に食事をしながらお話 or ご自宅・企業様を訪問します(2時間)

    • 一緒に食事をしながらお話 or ご自宅・企業様を訪問します(2時間)
    • 2020年02月 にお届け予定です。
    • 0人が応援しています。
  • 残り20枚

    100000

    タイヤ引き、ジム、人力車引き体験で、一緒にトレーニング!(各最大4名)

    • タイヤ引き、ジム、人力車引き体験で、一緒にトレーニング!(各最大4名)
    • 2020年03月 にお届け予定です。
    • 0人が応援しています。
  • 残り9枚

    100000

    結婚式やイベントを阿部雅龍が人力車で一緒に盛り上げます

    • 結婚式やイベントを阿部雅龍が人力車で一緒に盛り上げます
    • 2020年03月 にお届け予定です。
    • 1人が応援しています。
  • 残り4枚

    200000

    1泊2日の人力車冒険に参加

    • 1泊2日の人力車冒険に参加
    • 2020年03月 にお届け予定です。
    • 0人が応援しています。
  • 残り19枚

    300000

    講演会or報告会を行ないます

    • 講演会or報告会を行ないます
    • 2020年03月 にお届け予定です。
    • 1人が応援しています。
  • 残り4枚

    500000

    3日間の雪中トレーニングで南極冒険のノウハウを教授します

    • 3日間の雪中トレーニングで南極冒険のノウハウを教授します
    • 2020年12月 にお届け予定です。
    • 0人が応援しています。
  • 550000

    【スポンサー企業様向け】南極点でフラッグ掲揚

    • 南極点でフラッグ掲揚
    • 2020年01月 にお届け予定です。
    • 0人が応援しています。
  • 残り2枚

    1100000

    【スポンサー企業様向け】冒険で使うウェアの袖にロゴを掲載します

    • 冒険で使うウェアの袖にロゴを掲載します
    • 2020年01月 にお届け予定です。
    • 0人が応援しています。
  • 残り10枚

    1670000

    【スポンサー企業様向け】冒険で使うソリにロゴを掲載します

    • 冒険で使うソリにロゴを掲載します
    • 2020年01月 にお届け予定です。
    • 0人が応援しています。
  • 残り2枚

    2200000

    【スポンサー企業様向け】冒険で使うウェアの胸にロゴを掲載します

    • 冒険で使うウェアの胸にロゴを掲載します
    • 2020年01月 にお届け予定です。
    • 1人が応援しています。