たったひとつ
vol. 414 2021-11-05 0
長く長く。
もう長い間僕たちはたくさんの愛情を受け取ってきた。
舞台だけじゃなくてイベントやライブやたくさんの場面があって。
そのすべてに応援してくださる方々の顔があった。
次は何をやらかすんですか?なんてニヤニヤ笑いながら言われたこともあった。
僕たちが何かを夢見ることはきっと僕たちだけの夢だったわけじゃない。
そこにはいつも期待してくださる顔があった。
僕たちが長く続けたんじゃない。
僕たちを長く続けさせてくださったのだ。
続けることは簡単じゃない。その声がなければどこかで止まっていただろう。
そうやって活動の幅が拡がるたびに新しい出会いがあった。
映画館のロビーで出会った皆様がいた。
僕たちに逢いに来てくださる皆様がいた。
遠い地から足を運んでくださった。
時間がないからと舞台挨拶にだけ来てくださった方もいた。
一度映画館を出てからもう一度戻ってきてパンフレットを買ってくださった。
たくさんのメッセージが僕たちに届いた。
時間がかかった。
予定では夏に完成披露試写会を開催するつもりだったから。
でも夏だったら感染状況も酷かったから秋になって良かったのかもしれない。
再び映画館のロビーで出会うことが出来る状況までようやく辿り着いた。
便利になった今、僕たちは色々なことが出来るけれど。
僕たちがそんな皆様に出来る最大のお礼は作品を届けることだ。
パンデミックの中でも安心して楽しんでいただける形で。
完成して。お披露目するという段階になって。
改めて感謝の気持ちばかりが波のように繰り返し僕にやってくる。
僕個人が持っているものは余りにも少ない。
振り返って手の平を開いてみれば積み重ねてきた経験だけが僕の持つものだった。
でも僕だけじゃない周りを見回せば僕はとても恵まれているのだと感じる。
素晴らしいスタッフさんに恵まれてこの映画は完成した。
待ってくださっている皆様がいる中でこの映画は完成に向かった。
そして才能豊かな役者たちがこの映画の中に生きている。
僕は世界中の人に自慢したいよ。僕個人の持てるモノはわずかだというのに。
撮影現場で一言何かを伝えるだけで芝居が変わることをスタッフさんに驚かれた。
すごい関係性だと思いますよなんて言われた。
長いですから。としか言えなかったけれど、すごいことなんだなと思った。
意思疎通をする時間なんていらない役者がいる。
それだけでどれだけ恵まれていることなのだろう。
与えられた役とシチュエーションとセリフの中で。
自分をどうやって表現していくのが役者の本質なのかもしれない。
でも僕は出来上がった映画『演者』を観るたびにそういうことじゃないと感じている。
自分をどうやって表現するかだけでは説明がつかない。
目の前の相手役に何を投げるか。
目の前の相手役から何を受け取るか。
芝居ではない現実の中にもある人と人との間に生まれる目に見えない何かを探してる。
自分を表現するよりも、自分と誰かの関係性の中で自然と自分が浮き上がっていく。
そういう奇跡のような瞬間を当たり前のように生み出していく。
投げることも、受けることも、すべてが今までの積み重ねてきた中で掴んできたことだ。
自分から発信するんじゃない。
誰かから受け取ったもので表出していく。その連続。
ワタクシではないアナタ。
役者と役者の間に立ち上がる空気。それこそが宝だ。
いつか僕たちを見つけてくれた人がいる。
大したものは持っていないけれど。
胸を張れるたった一つのものを再び届けることが出来る。
その日がもう目の前だ。
僕たちは万雷の拍手の中。
あの顔や、その顔をいつも見ていた。
感謝するのは僕たちのはずなのに。
惜しみない拍手は僕たちが存在する理由そのものだった。
僕は胸を張るだろう。
それは僕個人に対してじゃない。
目の前の人たちのために。
隣に並ぶ人たちのために。
小野寺隆一