迎え火
vol. 330 2021-08-13 0
盆の入。
窓を開けて迎え火を焚く。
毎年、母親は「お父さん、帰ってきたかな」と口にする。
窓を閉めてから、棚に飾った位牌に線香をあげる。
子供のころのおじいちゃんちは賑やかだった。
おじちゃんおばちゃんいとこ、皆が集まって。
提灯なんかを飾って。
迎え火を焚いて、スイカを食べて、花火をした。
その頃を思えばささやかなものだ。
でもそんなささやかさもなんだか悪くない。
あいにくの天気だったけれど。
その時は雨も弱かった。
でもあんなに曇天じゃ煙も見えないんじゃないかなぁ。
実家を後にして歩いていたら車いすに座った白髪の方が迎え火を焚いてた。
もう日が暮れていたから炎の光で影が揺れていた。
そうかと思って見回したら、いくつかキュウリやナスの馬を見つけた。
死者が家に帰ってくる。
そんなこと。
科学技術の発達した現代でも本気で信じてるだろうか。
信じているとは何なのだろう。
死者を想う日はいくつもある。
決められた日じゃなくても。
死者が家に帰ってくるなんて僕は信じてるのかな。
わからないまま空に昇る煙をみる。
会えない人がいる。
もう会えないのかなと思う。
でも心のどこかではいつか会える気もしてる。
祈ってるわけでもなく。
願ってるわけでもなく。
存在を感じてる。
自分自身に嘘をつくまじないのようなものだろうか。
あの車いすの白髪の方は何を思っていたのだろうか。
生きている側の僕の方がまるでニセモノみたいだよ。
どこかで僕は「ただいま」という声を聞いてる。
ありえない虚構の中で生きてる。
小野寺隆一