映画「演者」製作プロジェクト┃
映画「セブンガールズ」製作から３年、もう一度下北沢から世界へ

週に一度の全員公開の日。

ついこの間の天気予報で雪が降るなんて日はまるで降らなかったのに。
まったく雪だと予報されていなかった今日、なんだか盛大に雪が降った。
もう一月の終わり。
関東平野部はこれからが雪の季節だ。
雪だというけれど、ボタン雪で重そうに直線で降ってた。
今年は軽くて舞うような雪は降るだろうか。
都心部のアスファルトは何年もかけて張り替えられてるからあまり積もらない。
都市は目に見えない部分が進化し続けている。
今の道路はいつの間にか水はけが良くて雪もあっという間に溶かす。
猫の足跡が残るコンクリートがなくなったように建材や素材そのものが入れ替わってる。
思い立って外に出て、雪を浴びた。
雪は何年も何十年も何百年も変わらずこの時期に降る。
子供の頃の記憶にこびりついた雪景色はもう戻らないけれど僕も雪も変わらない。
まるで技術の進化に置いてけぼりになっているかのようだ。

とは言え子供の頃の自分から変化はしている。
環境に慣れながら僕たちは常に変化し続けている。
成長して大人になって老いていく中で、肉体は抗体を獲得し続けて環境に順応していく。
春がやってくれば花粉が舞って、アレルギー反応を起こす人たちが現れるように。
結局はサイクルなのかもしれない。
自然現象は地球という惑星の一生を巡るサイクル。
あまりにも惑星のサイクルと、人間の一生のサイクルとでは規模が違う。
技術の進化のスピードは更にそれを上回るから違和感だけが残る。

人間の歴史でも約75年のサイクルがあるという。
人間の一生の時間と近い時間のサイクル。
今から一つ前の時代に戦争が終わって、二つ前の時代に江戸時代が終焉している。
時代の節目に生きていた人がこの世を去ると同時に、図っていたかのように新しい時代の節目がやってくる。
同じような周期で、同じような過ちを起こし続けてる。
それでも一つ前とは違ったアプローチをしているのだと信じるしかない。
大きなサイクルの中で、小さく進化し続けていく。思考の変革。
終戦とも明治維新とも違った形で、世界が変わるようなことが起きているけれど。
今までのどんな時代の節目よりも僕たちはきっと別の形で乗り越えられる。

「恥を雪ぐ」という言葉があるように。
日本人は雪で物事をリセットできるかのように捉えてきた。
僕の心の黒い部分も全て真っ白にしてくれたらいいのに。
社会が分断していくことをどうすればいいのだろうなんて考えながら。
僕は僕の心の中が分離していっていることを感じている。
自分自身は新型コロナウイルスのワクチンをすぐにはうちたくないと思っているのに。
出来ればこの世の中の全ての高齢者には今すぐにでもうって欲しいと願っている。
自分が誰かを傷つけてしまうかもしれないという可能性のストレスに耐えられない。
自分と高齢者とでリスクの確率以外は何も違っていないのに。
同じようなことを思って、同じようなことを感じているだろうに。
それが利己的であると気付いていればそれでいいのだろうか。
高齢者を心配している自分を演じながら、本当は誰かを傷つけてしまうことを恐れてる。
本当は自分が傷つきたくないだけじゃないかと心の声が聞こえる。
自分自身にガッカリしてしまう。
鬱々とした精神状態はあまり健康によろしくないね。
免疫力だって下がってしまう。

だから雪を観るために外に出たのかもしれない。
去年の春は近くの山に入ったり、夜の散歩をしたはずだ。
澱のように積み重なっているものを雪ぐためだけに。
着実に撮影に向けてチームが出来ていく中で。
一歩の前進を僕自身は留まっていると感じてしまうことがある。
雪景色のように足跡が残ればいいのに。
やがて雪も融けるし、更に新雪が降り積もるかもしれないけれど。
いつかどこかに辿り着いた時に初めて前進してきたと感じるのだろう。
いつの間にかアスファルトが張り替えられていたように。
長いスパンで考えれば、いつも僕はいつの間にかそこにいる。

温泉にでも行って両手両足を伸ばしたい気分さ。

昨日、初めての打ち合わせで見えてきた事の方が多いはずだ。
多くのことが見えた分、やらなくちゃいけないこともたくさん見えた。
そのことにワクワクしているのと同時に。
そこに向かってのスピード感が精神と肉体で乖離している。

大きな使命感がある。
誰にでもできることじゃない。
僕は僕の生き方をしてきて、必然としてここに辿り着いたのだと思う。
何かのために、自分のために、人のために、理由なんか色々だった。
とにかく、結果として僕は様々な体験をしてきて、経験を貯蓄してきた。
逃げ出したくなっても、しがみついていた。
そして今も、自分が進むべき場所にただただ向かう。
本能的に感じて、これは止められるものじゃないというものに立ち向かう。

雪をみて何かが変わったかと言われれば、何も変わっていない。
僕の中のサイクルは乱れたまま。
自分に嘘をつくなと命じながら、あえいでる。

気付けば雪はやんでいた。
冷たい風だけがそこにあった。
北では雪の嵐が予報されているのに。

1月が終わろうとしている。
あと数歩。前に進みたい。
希望に向かう高揚感とプレッシャーの板挟みの苦しさがなくなることはないだろう。

こんな時、あいつらと酒を呑んで喋りたいんだけどな。
僕もいつの間にか進化していたらいいのに。

小野寺隆一