制作日記 15「沈みたい」CD2-3 完全版
vol. 32 2024-06-10 0
「沈みたい」 original release “Electric Moon“ (1987)
vocal:ちわきまゆみ guitar solo:下山淳 (Rock’n Roll Gypsies) トラックプロデュース:岡野ハジメ
programming, guitar & backing vocal:平田崇 / programming:岡野ハジメ
4月30日 曇り
本日はスタジオにてトリビュートアルバム最後のレコーディングです。楽曲はDER ZIBETの2ndアルバム『Electric Moon』(1987年)に収録されている名曲「沈みたい」。「この曲を歌いたい」と自らおっしゃってくださったのはISSAYとはデビュー前から公私ともに交流のあるちわきまゆみさん(トリビュートでは「マンモスの夜」にも参加)です。
アルバム自体に思い入れがあるし、DER ZIBETといちばん一緒にいたのが、この時期だということもあって、選ばせていただきました。活動期間が長かったから、いろいろな思い出があるんです。ライブで共演した時は「FUNNY PANIC」とか「マンモスの夜」(アルバム『CARNIVAL』収録)など、アップテンポの曲を歌うことが多かったですけどね。
ちわきさんはISSAYが生まれ育った静岡県沼津市を訪れたことで、「沈みたい」のたゆたうような心地良さに改めて想いを馳せたそう。
昨年の夏に初めてISSAYくんが生まれ育った沼津に行って、街の雰囲気や風の匂いを感じて「この街で育ったんだね」って。その後、歌詞を改めて読んだんです。もしかしたら沼津の穏やかな海じゃなかったのかもしれないけれど、自分の中で風景とリンクして、いろいろな解釈ができるようになったんですよね。“僕の体すりぬけていく”っていうフレーズとか「すごくわかるな」って。
ちなみにちわきさんとISSAYが共通して10代で影響を受けた音楽といえば、T.Rexに代表されるグラムロック。そして「沈みたい」のトラックを手がけたのはちわきさんの数々の作品やDER ZIBETのアルバムを手がけ、今作もプロデュースしてくださっている岡野ハジメさん。となれば、グラムのエッセンスが入らないわけはありません、というか、入らない方が不自然です。
最初から打ち込みでやりたいなと思って、私はゴールドフラップ(アリソン・ゴールドフラップとウィル・グレゴリーからなるグラマラスでエレクトロリックなデュオ)を岡野さんに参考音源で提出していたんですが、いろんな音楽の要素が入って、思い描いていたよりマッチョな盛り盛りのトラックになりました。様々なミュージシャンへのリスペクトとオマージュがふんだんに散りばめられているんです。全然、ゴールドフラップじゃなくなりましたが(笑)。
トラックは岡野さん曰く、隠し絵のような構成。その詳細については後で触れるとしてこの日は13時から歌入れがスタート。阿吽の呼吸のコンビネーションだけあってリクエストに応えて、いくつもの声を使い分け、歌を重ねていくちわきさん。「次はお姉さんボーカルで」、「じゃあ、ロリータボーカルで」と岡野さんがブースに呼びかけ、プレイバックして、コントロールルームでどのテイクを採用するかジャッジしていきます。キラキラしていてエッジがあってエモすぎるトラックとちわきさんの歌が溶け合っていき、オリジナルとはまた違う恍惚感。ローボイスがISSAYの声とかぶり、時折、デュエットしているような錯覚を覚えたのは気のせいなのだろうかと歌入れを終えたちわきさんに確認してみました。
それは嬉しいですね。’80年代当時というより、その後のISSAYくんのデカダンっぽい歌い方をちょっと意識しています。エレガンスなニュアンスが出せたらなって。最初は地声というか、自分の低い声そのままでいいかなと思ったんですけど、岡野さんとのやりとりの中、ファルセットのお姉さんボーカルから、ロリータボーカルまでいろいろトライしてみました。
そして夕方、スタジオに到着したのはex.ルースターズのギタリストでRock’n' Roll Gypsiesの下山淳さん。下山さんはかつてちわきさんのアルバムに楽曲を提供し、ギタリストとしても参加。ISSAYと飲み仲間だった経緯もあり、ちわきさんが声をかけてトリビュートに参加することになったのだとか。
当時、「ROCKIN'ON JAPAN」にいた市川哲史くんと一緒に飲みに行くことが多かったんですよ。市川くんは市川くんで、DER ZIBETのメンバーと飲みに行っていて、どこかの飲み屋で一緒になったのが1988年ぐらいだったかな。ライブは見に行ったことなかったんだけど、仲良かったんですよ。僕もISSAYもやせ型で、どっちかっていうと爬虫類系なので「じゃあ、オマエ、俺の弟な」って言ったら本人は「ええええ〜?」って(笑)。
ライブでの共演は1度きり。下山さんとホッピー(神山)さんが企画して汐留PITで1980年代後半に開催したイベント「フラワーヒップ」でその日限りのバンドを組み、ISSAYがルースターズの曲をカバーしたそうです。
ゲストに泉谷しげるさんたちが出たイベントだったんですが、ISSAYがルースターズが好きだって言うから話したら「出たい」って。ライブで1回もやったことがない曲なんですが、僕が作った「WARM JETTY」(アルバム『KAMINARI』収録)を歌ってくれたんですよ。その後、デヴィッド・ボウイの追悼ライブでTHE CLUB SENSATIONで何十年ぶりに会って「久しぶりじゃん」って。トリビュートに誘ってもらって良かったし、参加できて光栄です。「この前、会ったばかりだったのに」という気持ちがすごく強かったのでーー。
コントロールルームの卓の横に座り、愛用のギターを構えての「沈みたい」のギターソロはテイクを重ねるほどに冴えていき、岡野さんも称賛し、ちわきさんも拍手。しかし、下山さん本人はまだ納得できないようで13テイクを録って終了。「ずっと覚えていたISSAYをイメージしながら弾いた」と下山さん。淡々とした表情で波がうねるような素晴らしいソロを弾いてくれました。
ちわきさん、下山さんの録音が終了し、岡野さんから特別にトラックのネタばらし。当初はもっと落ち着いたエレポップにするつもりが取りかかっていく内にテンションが上がり、ご自身が影響を受けた70’sから80’sのヒット曲のオマージュ大会となってしまったのだとか。
ルベッツの「シュガー・ベイビー・ラヴ」のイントロ部分をガチで入れたいなと思った時点で止まらなくなってしまったんです。トラックにはイントロだけで4アーティストのオマージュが入っています。聴く人の世代によって思い浮かべる曲が違うと思うんですが、デヴィッド・ボウイの「レッツ・ダンス」、ビートルズの「ツイスト・アンド・シャウト」、ラモーンズの「Do You Remember Rock 'n' Roll Radio?」ですね。曲中ではジョルジオ・モルダーがプロデュースしたスパークスのアルバム「No.1 In Heaven」のドラムのフィルとか。諸々入っていて、2番の B メロは「オーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダークの「エノラ・ゲイ」、あとはマドンナの「ライク・ア・ヴァージン」のベースのフレーズを使っていたり、ギターの“ズガッ、ズガッ”ってストロークはイギリスのバンド、フレッシュ・フォー・ルルのオマージュですね。そして、下山に今日、弾いてもらったギターソロの頭4小節は映画「THE NEVER ENDING STORY」(リマール)のテーマ曲。それと最後のサビ前はYMOの「ライディーン」の高橋幸宏さんのフィルのオマージュです
中毒性のあるトラックの仕掛けを惜しみなく教えてくれた岡野さん。まだまだ作業は続くのだそうです。
これから最初に僕がプロデュースしていたちわきさんのシングル「GOOD MORNING I LOVE YOU」(1985年)のイントロのフレーズを散りばめようと思ってます。どんどんカラフルにしたくなってしまい、70’s~’80’s魂が騒いでしまいました(笑)。ちわきさんの最初のオーダーとは、かなり離れてしまいましたが、自分が影響を受けたポップロックを掘り出すみたいな感じで、作っていて楽しいんですよね。ISSAY聴いて笑ってくれるかな?
今回のトリビュートについて「参加させてもらうことによって私たちが癒されているんじゃないかと思うんです。“ISSAYくんのために何かできてるのかな”って。新たに形にすることで、ちょっと希望を見出すような、そういう作業かなと思っているんです」と伝えてくれたちわきさん。
気がつけば「沈みたい」が似合う季節。そんな中、最後のレコーディングはリラックスした雰囲気の中、終了したのでした。
Text:DZTP(H)
MEMO by イトハル
この日は実はレコーディング二本立てで、午前中から先に紹介した「サイコリザード」の、結果的にカズーのダビングだけになった澄田くんがレコーディングしていて、その途中に(ちょうどお昼頃)ちわきさんが到着。いつもレコーディング終わりにご飯を食べていただくのですが「とてもお腹がすいておりますの」とちわきさん。岡野さんも大のお気に入りのイトハル家の特大エビカツバーガーをペロリと平らげてからの歌入れだったのです! ちわきさんの美しさの秘訣のひとつに「大いに食べること」もあるのかもしれませんね。
さて、遡って2月のお話。ちわきさんが「沈みたい」を歌いたいと聞いた時にセカンドアルバム当時のことを思い出しました。ちわきさんにはその頃Der Zibetのライブ衣装のスタイリングをお願いすることもあって、僕の車で代官山や青山にちわきさんとメンバーを乗せて買い物に行った日のことも鮮明に蘇りました。
しかし岡野さんプロデュースのデモトラックを最初に聴いた時は驚きました〜。原曲の持つ世界観とは180度違う「キッチュ」で「どポップ」なキラキラアレンジでしたから。でもこれはちわきさんのことを知り尽くしている岡野さんだからこそのトリビュートアレンジなのだろうなとも。
そして下山さんとは僕がDer Zibetに出会う前のルースターズ宣伝担当時以来の再会で感激もひとしおでした。当時ルースターズに新風をもたらした下山さんの独特な感性。今回も下山オリジナルな世界観をギターで表現して頂いてとても嬉しかったです。
実は今回のアルバムの中でデルジベットHIKARUのいちばんのお気に入りが、この「沈みたい」らしいですよ。
「沈みたい」収録のセカンドアルバム”Electric Moon & More"、サブスク解禁も近い?
完全版追記
「沈みたい」制作に関しては発売日の7/6に公開された Barks【対談】土屋昌巳 × 岡野ハジメ に岡野さんからも少し語られていますので是非お読みください!
また、ちわきさんは「マンモスの夜」にも参加されていますので、こちらの制作日記も是非ご覧ください。
ちわきさんは8/4のISSAYトリビュートライブでも「沈みたい」を披露していただく予定になっています。ライブに行かれる方はどうぞお楽しみに!