サカルトヴェロから考える 1
vol. 4 2023-06-26 0
さて田口アヤコがここのアップデートやFacebookで何度かやるぞやるぞとほのめかしていた、角本敦による連載ですが、お待たせしました。そろそろ始めます。
第1回
この国の首都トビリシはクラ川(ムツクヴァリ川)を挟んで両サイドに市域が広がり両側にそれぞれ町の中心と呼んでよい場所がある。川の左岸の中心は地下鉄駅マルジャニシヴィリ。降りてすぐのところにある国立劇場コテ・マルジャニシヴィリで公演があるとする。お客さんがだいぶ集まってきてベルも鳴りそろそろ開演かなというところで場内アナウンスがはいる。携帯電話の使用についてとかだろうと、まぁ誰でも思う。ところが「この国は、国土の30%がいまだロシアに占領されたままである。そのことを忘れてはならない。それではお楽しみください。」ふつうの感覚では観劇前にリマインドされる内容ではない。
演劇人たちと話をする。現政権は親露政権なのだと、反露をポーズで示すこともある親露政権なのだと。真の反露とは?
スーパーにはいる。蕎麦とか加工食品とかさまざまなロシア産品が並ぶ。別にロシア人観光客のための食料ではなく町の人の食事である。ロシア人観光客は高級レストランや高級ショッピングモールにお金を落としていく。演劇人たちは揶揄して「ロシアからの難民」と呼ぶ。
ソ連時代の博士号、特にモスクワでとった博士号は、独立後の国内で取得した博士号よりも未だに価値の高いものと見なされる。ロシアの支配が今後さらに強まった時に、独立後世代がロシア語を話せないことがかつて以上の隷従を意味するのではと危惧する人もいる。そしてソ連時代もいまもモスクワには「○○シヴィリ」とか「××アゼ」とか言った名の人々がいろいろな分野で活躍する。モスクワで最もちゃんとスズキ・メソッドを教えている演劇人もそんな姓を持つ。ソ連最後の外相もこの地から出ていた。
この国では人々はみんないろいろなことを心に秘めながら生き抜いている。そして時々、牙をむく。
こんなサカルトヴェロという国の諸相を演劇を切り口にこれから何度か書いていきたい。
上述のマルジャニシヴィリ劇場の放送。ここ数年は「ウクライナの盟友の苦境には共に立ち向かい連帯してゆきたい。スラヴァ・ウクライーニ! 」も付加されている。しかしこの言葉もさほど単純な言葉とは思えない。それはウクライナの現大統領が自身がロシア語母語話者としていまの地位にあることをいまはあまり表に出せなくなっているのと同じように、単純ではない。そんなこの世界のことをサカルトヴェロを通じて考えたい。
スターリン(イォセブ・ジュガシヴィリ)の生まれ故郷ゴリから少しだけ北上した村ニコジに向かう途中に検問で待たされ撮影。ロシア軍占領地まで目と鼻の先。遠く山脈の向こうには「カフカスの統治者」という名の町がある。