前田監督講演会レポート(2016/5)~緑豆と小猿とヒトラーの三角関係
vol. 5 2017-01-01 0
みなさま、新年あけましておめでとうございます。
とうとう新しい年が明け、上映会まで2週間足らずと迫ってまいりました。
上映会では前田憲二監督をお迎えし、ご講演いただく予定ですが、監督のお話は掛け値なしで本当に面白いので、5月に開催しました映画「東学農民革命」完成支援チャリティー講演会の現地レポート(前田監督ご主宰のNPO法人ハヌルハウスの季刊誌「はぬるはうす」50号掲載)を、みなさまにお伝えしたいと思います。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
♬セヤ セヤ パランセヤ (鳥よ鳥よ、青い鳥よ)
ノクトゥパテ アンチマラ♬ (緑豆畑に降り立たないで)
今回の講演会のテーマソングであり、韓国では誰もが知るこの童謡、実は東学農民革命と指導者全琫準(チョンボンジュン)への哀悼歌(エレジー)です。
「青い鳥」は青い軍服の日本帝国軍兵士を暗喩し、緑豆はあだ名が「緑豆将軍」であった全琫準を指しています。
皆さま、初めまして。
ご挨拶が遅れました。京都在住の在日コリアンIII世の蔡光浩と申します。
去る5月14日と15日に大阪と京都で講演会を行いましたので、ご報告申し上げたいと思います。
前田監督に初めてお会いしてまだ半年も経っていない私が、諸先輩の皆さまを差し置いてお話し奉るのは甚だ僭越でございますが、どうぞお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
事の発端は金閣寺裏にお住いの島津威雄氏より、今年初めにこの映画のことを聞かされたことに遡ります。
在日コリアンとしては、本来コリアンが作って然るべきテーマの映画を、日本人監督が数多の苦難を一身に引き受けて製作してらっしゃることに、まずは申し訳ないという気持ちが沸き起こりました。
更には(本誌バックナンバー掲載の)支援者リストを眺めると、なんと在日コリアンの少ないこと!
この上ない恥ずかしさに居ても立ってもいられなくなり、微力ながらチャリティー講演会を思い立ち、前田監督に直訴させていただこうと決心いたしました。
島津氏に紹介をお願いして首尾よく2月16日に前田監督にお会いすることができ、幸いにもゴーサインがいただけました。
ただ、5月の高麗郡1300年周年祭などの諸事情もあり、日程は5月14&15日しかないとのこと。準備期間としては異例の「短納期」です。
こういった講演会の実施には不慣れな上に、京都に引っ越して3年足らずと基盤もなく、不安材料だらけでしたが、運よく人の巡り会わせにも恵まれ、なんとか当日を迎えることができました。
大阪は映画の主題歌をお歌いになられる姜錫子さん(本誌2012年vol.4-第39号のインタビュー記事参照)、京都は島津氏よりご紹介いただいたNPO法人丹波マンガン記念館の李事務局長に大変お世話になり、微に入り細に入りご指導いただいたおかげで、大阪は東成区民センター、京都は耳塚という最高のロケーションでの開催です。
また、前田監督や島津氏、姜錫子さんにご紹介いただいた各紙記者のご厚意により、朝日新聞、朝鮮新報と京都新聞(掲載順)に紹介記事を書いていただきました。
さて5月14日、いよいよ大阪での開催日がやってまいりました。
大阪平野と生駒山脈が一望できる見晴らしの良い6階の会場に、続々とお客様がお越しになられます。
結果的には定員を超える72名の方がいらっしゃり、満員御礼とあいなりました。
立ち見を余儀なくされた皆さまには、この場を借りて深くお詫び申し上げます。
当日の式次第は、まずは東学農民革命における朝鮮人戦死者の英霊たちへの黙祷と献花、そして姜錫子さんによるミニコンサート、その後私の方からの前田憲二監督のご紹介、最後に前田監督の講演会です(基本的には京都も共通)。
冒頭でご紹介しました「セヤ セヤ パランセヤ」はじめ、姜錫子さんによる日本民謡「城ヶ島の雨」、朝鮮民謡「新高山打鈴(シンゴサンタリョン)」の素晴らしい歌唱は、ご参席くださった皆さま一人一人の心に芸術の花を咲かせたのみならず、「英霊への鎮魂」と「日本と朝鮮半島間の友好」という今回の講演会のテーマのど真ん中を貫き、奥深く魂を注ぎ込んでいただきました。
(テーマについての詳細は、次号アップデートにてお話し申し上げます。)
次に私の方から簡単に前田監督のご紹介を申し上げ、いよいよ前田監督のご講演です。
前田監督が事前にご用意くださったレジュメに沿ってお話しいただいたんですが、猪飼野や浅草三社祭りの知られざる歴史など、他では決して知ることのできない驚きの事実の連続に、皆さま食い入るように聞き入っておられます。
例えば「くりからもんもん」という言葉、読者の皆さまはご存じでいらっしゃいますでしょうか。
私は初めて聞きましたが、さすが情報時代、中には気になったキーワードを即スマホで調べてらっしゃる方もいらっしゃいます。
東成のこの会場は、「猪飼野」という土地柄や難波・奈良が眺望できるという意味で、お話の内容を咀嚼するには最適の場所でした。というより、前田監督がうまくこの場所に合う話題を選んでくださったということです。
ご講演は1時間半ほども続き、大喝采とともに無事終了いたしました。
講演会後の懇親会にお申込みいただいたお客様は、開始前は数名のみだったんですが、島津氏の予言通り前田監督のお人柄とお話に惚れ込んで事後申し込みをされる方が続出。あっという間に定員一杯の20名に達してしまいました。
姜錫子さんがご用意くださったオードブルは本当に美味でした。特に蒸し豚は超一級品☆
皆さまご馳走に舌鼓を打ちながら、会場の使用期限め一杯まで宴はたけなわのまま続きました。
さて、翌日の京都・耳塚での講演会。
耳塚と言えば、文禄・慶長の役(壬辰倭乱)において10万余とも言われる朝鮮人虐殺を命じた張本人である豊臣秀吉。
生前は小猿と呼ばれたこの人物が「神」として祀られる豊国神社の正面通り、すなわち神社の参道上に位置するのがこの耳塚。当然野外です。
それを聞いて何人もの方に「雨降ったらどうするの?」と心配されました。
ですがこの地は、前田憲二監督の前作「月下の侵略者」の中心舞台となった縁深い場所。更には、日本からの侵略によって多数の朝鮮人戦死者が出たという意味において、文禄・慶長の役と東学農民革命とはつながっています。
少し余談になりますが、近代世界史で最大の虐殺者として知られているのは、ヒトラーでしょう。
ここで皆さまにぜひ想像していただきたいのですが、もしドイツにヒトラーを「神」として祀る神社があり、その神社の目の前に殺されたユダヤ人の歯や骨など遺物の埋められた塚があったとしたら、ユダヤ人たちはどう思うでしょうか。
ヨーロッパの人たちは、世界の人たちは、そのような遺跡をどのように捉えるでしょうか。
確実に言えることは、間違いなくここ耳塚は世界的にも類を見ないほど慰霊の求められる場所である、ということです。
日本政府がこのような遺跡を観光地として世界から隠したい気持ちは分かります。
が、平和を愛する一市民としては、この耳塚こそ全世界のLove & Peaceな市民たちともっと広く共有して慰霊を捧げるべき遺跡だと、信じて疑っておりません。
このようなことから、「京都においてこれ以上の立地はない!」ということで、長期天気予報の「晴れ」を信じてこの日この場所を決めました。
そしてその狙いは見事に的中し、5月15日の当日、晩春の空に雨の影は一片も無く、爽やかな晴れの陽射しが幸先よく耳塚に降り注いでいます。
夕方6時に始まった大阪とは違い、京都での講演会開始は午後2時でした。
随分早くからお越しいただいた方もいらっしゃり、用意していた椅子40脚では足りず、また立ち見を余儀なくさせてしまいました。
53名と満員御礼で有り難い一方で、大阪同様ご不便をおかけした皆さまに、この場を借りてお詫び申し上げます。
式次第は大阪と基本的に同じではあるものの、耳塚を前にしてみると、黙祷および献花の際の空気の重みが全く違います。
また、姜錫子さんの歌と京都・東九条を拠点とするサムルノリグループ・ハンマダンの素晴らしい演奏に、壬辰倭乱と東学農民革命の朝鮮人戦死者の英霊たちが、心躍らせながら喜んでいらっしゃる姿が目に浮かぶようでした。
演奏後に小休憩を取った後、大阪同様私の方から前田監督のご紹介を簡単に申し上げ、いよいよ前田憲二監督のご登壇です。
京都会場では松尾大社や伊勢神宮などの裏話が飛び出し、大阪会場以上の熱気に満ちた講演となりました。その熱気は質疑応答にまで及び、たまたま通りがかってご参加いただいた方が、たまたま話題に挙がった伊勢神宮の近隣住民の方で、前田監督のお話しの裏づけとなるような質問を投げかけてくださったりもしました。
京都での懇親会は、耳塚の真横にあるNPO法人丹波マンガン記念館の事務所をお貸しいただいたのですが、実はこの日のクライマックスはなんとこの懇親会に潜んでいたのです!
京都でも懇親会は満員となり、お断り申し上げた皆さまには本当に申し訳ないのですが、懇親会にて前田監督が披露された2曲の民謡は、掛け値なしの絶品でした。
1曲は日本民謡だったのですが、曲紹介も無く唐突に始まったもう1曲の方は、明らかに日本語ではなく、かといって沖縄でもなさそう。。。
懇親会にいた誰もが、それがどこの民謡なのか訳も分からないままながら、その歌唱の素晴らしさに一同ただ唖然とし、謡い終った後に残ったのは全員の頭の中の疑問符と鳴り止まぬ拍手のみでありました。
後で前田監督にお伺いしたところ、イスラエルの民が約束の地から離散する際に互いに謡った歌とのこと。
日朝韓友好のこの場を締めくくる歌が、何ゆえにイスラエル民謡だったのか。
たまたまだったのか、それとも何か深い意味があるのか。
この謎は、前田監督に訊けばすぐに分かる話しではありますが、敢えて自分でゆっくり答えを探したいと思います。
ビッグバン(宇宙の開始点)まで辿って見てきたという、世界的に有名な臨死体験者によると、「宇宙の始まりは『歪み』というか『ひねり』だった」とのこと。
そう。ひねりの効いてない、ただただ平穏無事な人生なんて、何が面白い?
人生には謎があったほうが面白いし、日朝韓の間の三角関係のようにヒネリがあったほうが生き甲斐がある。
さあ、このヒネリをどう解いていくか、これからが楽しみだ♬
蔡光浩 拜