参加アーティスト紹介[3]堀下さゆり/歌い続けることで変わった歌への意識
vol. 8 2020-12-21 0
相馬市で生まれ育ち、東京でのメジャー時代を経て、現在は仙台に暮らし活動を続ける堀下さゆりさん。魅力的なメロディ―のオリジナル曲を生み出す感性のベースとなっているのは、小学1年生から高校卒業まで地元で習い続けたピアノのレッスンにあるそうです。年に一度与えられる作曲の課題のため、頭に浮かんだ些細なモチーフも書き留め続けた経験が、やがてシンガー・ソングライターの道へとつながっていきます。コピーバンドでの演奏に明け暮れた大学時代前半を経てソロで作った自作曲のデモテープ。それがレコード会社のディレクターの耳に留まり、2002年にインディーズでCDを発売。次なる目標であるメジャーデビューへ向けてライブ活動を開始しました。
しかし、結果はなかなかついてきてくれませんでした。まわりの友達が就職する中での焦り。自分自身の不甲斐なさ。音楽活動を許してくれた両親への負い目。このままで終わるわけにはいかないと、「藁をもすがる思い」でストリートライブを始めます。渋谷、新宿、横浜と、都会の真ん中で挑む独りぼっちのステージ。コワモテの男性に「ここはダメだよ」とたしなめられたり、おまわりさんに始末書を書かされたりしながらも諦めずに路上に立ち続けます。すると、その努力に押されたかのように運命の歯車が回り出し、2004年にオリジナル曲「カゼノトオリミチ」がNHK「みんなのうた』に採用されオンエア。そしてついに2005年、ビクターエンタテインメントよりメジャーデビューを果たしました。
デビューするまでは「ただ自分の想いを実現するために歌っていた」という堀下さんですが、メジャーデビューを果たし広く歌を届ける中で、その心境は大きく変わっていったと言います。
「ライブで各地を訪ねると、私のCDを手に“これを聴いて頑張ってました”と声をかけてくださるファンの方がいらしたりして、そのたびに“音楽を続けてきてよかった”と思いました。そういう出会いを重ねていくと、もともとは自分のためだったはずの音楽が、誰かのためにあるべきものなんだと思うようになったんです。楽しい気持ちになってもらうために曲を作りたい。悲しい気持ちを吐き出してもらうために曲を作ろう。そんなふうにベクトルが変わっていきました。」
歌う内容も、恋愛を歌ったものからより大きな愛へと変わってきていると堀下さんは言います。中には子育ての奮闘を歌ったものも。今後はカバーソングにチャレンジする予定もあるそうです。メジャーデビューから15年が経ち歌いたいことによりシンプルに向き合うようになった堀下さんのこれからの活動がとても楽しみです。
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