映画祭について②
vol. 7 2026-09-25 0
「もちろん越権行為だとは自分でも分かってる。でもお願いです。一緒に写真を撮ってくれませんか」
クラウドファンディング開始から50日が経ちまして
残り10日となりました。
ちょっと言葉になりませんが記念すべき事に
ご支援を頂きました方達がなんと300名を越えて312名となりました!
本当に信じられません。
クラウドファンディングを始めた当初、
目標金額を達成するには最低70名のご支援が必要で
最初は正直70名もご支援を頂けるか
人生で初めてのクラウドファンディングに本当に不安で仕方ありませんでした。
そんな暗中模索の暗がりの中で
1人また1人と暗闇の自分に手を差し伸べてご支援を頂く方達が増えて
自分はご支援を頂きました方達の代理で作業もさせて頂いてますが
本日、深夜300名を越えた時はパソコンを打つ手が震えてしまい、
今も興奮が蘇りパソコンと打つところをぽそこんと打ってしまいましたが
ご支援を頂きましたお名前を何度も間違えて正確に打てないほど感動してしまい
ご支援を頂きました方達には、ただただ頭が上がらず感謝しかありません。
本当に深夜に達成した時は
まるで312名が手に手を取り合って肩を組んで山頂を踏破し、
先週のアップデート記事で僕は275名の本当に遥か彼方の天竺みたいなと書きましたが
312名はもう天竺を通り越して桃源郷で本当にみんなで桃源郷辿り着いた
そんな感覚に包まれました。
改めまして
まだクラウドファンディングは終わってませんが
この度は多大なるご支援を頂き本当に本当に有難う御座います。
クラウドファンディングを始めた時の暑い頃から
季節も少し変わり秋になろうとしてますが
先日、横浜の工場に行きまして
皆様に送らせて頂きます返礼品の中の1つの
映画のチケットが出来ました。
11月までには各ご家庭に送らせて頂きたいと思いますので
もしよろしければ、
映画館での上映が決まった際には
劇場でお会い出来たら大変有り難く、こんなに嬉しい事はありません。
そして一昨日、発表になりましたが
今から3ヶ月前にドイツの映画祭に参加させて頂きましたが
その映画祭の窓口でもあります極東インディペンデント映画祭で
グランプリを頂く事が出来ました。
これまで自分の人生でグランプリを頂いた事がないので本当に身に余る光栄で
「そこまで一緒に。」は賛否両論を覚悟して製作しましたが
映画祭での落選は勿論、映画祭で有り難い事に上映をさせて頂いても
賛否の中のそれもかなり強い否を頂く事も数多くありましたので
そんな中、グランプリという栄えある賞を頂き、
自分としましてはこの先、
この賞に見合う作品をこれからも作り続ける事が使命と思い
自分を選んで頂きました選考委員会の方達には深くそして厚くこの恩を返せるくらい
精進をしたいと思います。
ここからは先週のアップデート記事の続きになりますが
2025年10月
僕の予感は当たり、それからは幾つもの海外の映画祭から落選の通知が来て、
改めて世界との差を知る日々が続きました。
この年の10月はまだ暑く、
息苦しく重い空気が僕の身体に纏わりつき離れないそんな感覚の毎日に嫌気が差してました。
そんなある日、海外から一通のエアメールが届きました。
それは先日落選したアカデミー賞公認の映画祭でオースティン映画祭からでした。
僕は何だろうと思い封を開けると
「親愛なるヒロユキ。
突然のメールを失礼します。私はオースティン映画祭の主催者エミリー・ロックです。
この度あなたの映画は上映する12本に惜しくも残りませんでしたが
最後まで選考委員の間では、あなたの映画の上映に賛成する議論が交わされました。
勿論、私もその賛成の中の1人です。あなたには才能があります。
どうかこの結論に肩を落とさないで欲しいですし、また次回、あなたの映画が出来たら
是非、オースティン映画祭に応募してください。あなたの映画を待ってます。エミリー・ロック」
僕はこの言葉にどんなに励まされたかわかりません。
それからまた幾つもの海外の映画祭に落ちましたが何とかやって来れたのは
この言葉があったからで、はっきり言ってこの言葉に僕はしがみついていました。
そんな時期が半年も続き年が明けた2026年3月のある日、
友人の撮影を手伝っていると突然よくわからない電話番号から電話が掛かって来ました。
友人に見せるとそれは海外からの国際電話だというので僕は無視をしました。
実はこの数日前に英語のメールが来て海外からの映画祭のメールかと思い開くと
「あなたが違法エロサイトを見てる事をバラされたくないなら、
今から教えるビットコインの口座に入金しろ」という迷惑メールが何度もあったので
詐欺メールに続き今度は詐欺電話だと無視をしてましたがまた5分後に掛かって来ました。
撮影中なので無視をしてると30分後にも掛かって来て、
これは僕のメールアドレスや電話番号が詐欺グループに知られていると思い、
色々と変更の手続きやその後の友人や仕事先に知らせる面倒な時間に僕はウンザリしてると
スマホのショートメッセージに
「何度も電話をしてすいません。私はマンモスレイクス映画祭のポールと申します。
あなたの映画を拝見して是非、映画祭で上映をしたいのですが返事をくれませんか?」
なもっ
あまりの嬉しさに僕は思わず、よくわからない声が出て、飛び上がりました。
海外の映画祭に応募してから1年後、こうして
「そこまで一緒に。」の初めての海外の映画祭はマンモスレイクス映画祭となりました。
マンモスレイクス映画祭はアメリカ・ロサンゼルス空港から車で5時間の所にある
日本の軽井沢の様なリゾート地で特に若手の映像作家に注目した登竜門みたいな映画祭です。
ここで何か賞を取り箔を付けたい。そんな事を考えながら映画祭事務局に到着すると
ポールを始め主催者のシラやスタッフがとても温かく迎えてくれました。
みんなで記念写真を撮ろうとポールが言って
映画祭のメイキングを担当する青年のクリスがカメラを構えた所で一緒に来た
エジプトの映画監督モハーダがカメラをタイマーにしてクリスも一緒に入ろうと誘いました。
しかしクリスはそれは僕の仕事ではないと即座に断り一瞬その場の雰囲気が悪くなりましたが
すかさずポールが彼は笑顔よりもカメラを撮る方が得意なんだと場を和ませました。
映画祭はとても素晴らしく、これを見てくれと言わんばかりの尖った映像や
驚くほど丁寧に積み重ねた感動的なドラマや圧倒的な力量を感じるドキュメンタリー
そして観た事のない先鋭的で緻密に計算された手法のアニメと
才能溢れる若手映像作家に特化した映画祭はどの作品も面白くて更に毎晩あるイベントで
その日、観た作品を若手映像作家たちと語り合う時間は何よりも刺激的で貴重な時間でした。
そんな時間を黙々と孤独に撮り続けるクリスが少し気になってましたが
僕の映画が上映された時にアクシデントが起きました。
なんと神楽のシーンで突然映像が止まり映写機がシャットダウンしたのです。
こんな事があるなんて、
会場からは落胆の声が聞こえて来ますが僕はショックで茫然自失となり
会場が明るくなってポールが復旧に5分だけ時間を下さいと説明してます。
そこからは余り覚えてません。
上映後、会場は温かい拍手に包まれエジプトのモハーダや毎晩語り合った仲間達が慰めてくれましたが
僕は平常心を保つのが精一杯で固い笑顔を返す事しか出来ませんでした。
そんな時にメイキングを撮影するクリスがカメラを持って来ました。
僕は正直、仕事かもしれないけど今は来ないで欲しいと願っているとクリスが泣いています。
僕は驚きましたがクリスは涙を流しながら
「もちろん越権行為だとは自分でも分かってる。でもお願いです。一緒に写真を撮ってくれませんか」
と言われました。
父親に虐待を受けて祖父に育てられたクリスは
その祖父が認知症になりクリスの10代は祖父の介護で終わってしまい
当時のクリスは何で俺がと神様を恨む時もありましたが、
でも充分過ぎる程に祖父からの愛を受けていた事をあなたの映画を観て思い出しました。
と言われ驚きました。
最初は世界と自分との差が知りたい事や映画祭で賞が取りたい等、
自分の事ばかりを僕は願ってましたがこんなに僕の映画を喜んでくれる人がいて
もしかしたらこの先も1人かもしれないけど1人でもそんな人がいる。
それだけで僕は充分幸せだと気付かされました。
結局、賞は貰えませんでしたが僕は代わりにそれ以上のものを貰ったのです。
帰りの飛行機の中で色々と振り返りながら、
この映画を作って本当に良かったと心の底から思いました。
すいません。
観客賞を頂きましたドイツの話などがありましたが
いつもより2倍以上の長さとなり記載する事が出来ませんでした。
本当にすいません。
次回は最終回となりますが
もしよろしければ、
宜しくお願い致します。
関寛之 拝
