誰よりも深い情熱と、冷静な判断と ─ 加藤早紀さんインタビュー
vol. 6 2020-07-15 0
前回から、出演者のインタビューをお届けしております。記事作成を担当するのは、7/20出演のソプラノ・藤野沙優です。
第1回は、ソプラノ・別府美沙子さんのインタビューをお届けしました。
インタビュー第2回は、ソプラノ・加藤早紀さん
第2回は、7/31に出演のソプラノ・加藤早紀さんのインタビューをお届けします。
加藤早紀(かとうさき)
桐朋学園大学音楽学部声楽専攻卒業。同大学声楽専攻研究生修了。
二期会オペラ研修所第58期マスタークラス修了。
第18回静岡の名手たちオーディション合格、コンチェルト賞を受賞。
市川市文化振興財団 第32回新人演奏家コンクール声楽部門最優秀賞受賞。
2016年7月東京二期会本公演『フィガロの結婚』(宮本亜門演出)花娘役でデビュー。『人間の声』女役、『魔笛』パパゲーナ役など出演。
流山少年少女合唱団講師。二期会会員。https://ameblo.jp/sakik-soprano/
オペラカッフェマッキアート58の代表として、これまでの5年間を牽引してきた加藤さん。
自身のキャリアとしては、二期会公演《フィガロの結婚》でデビューし、昨年はマッキアート公演で、卓越した演技力と歌唱力で、モノオペラ(出演者が一人のオペラ)《人間の声》を見事に演じ上げました。
近年は、作曲家・ギタリストの大柴 拓さんとジャンルの壁を越えた音楽劇の初演など、新しい試みに挑み、自身の表現の幅を広げています。
「2月の中旬に、大柴さんが企画された、映像と演劇と音楽が融合した音楽劇の公演がありました。その頃は、公演の可否が危ぶまれていましたが、上演することが出来て、とても安堵したのを覚えています。けれど、舞台から客席を眺めてみると、ほとんどの方がマスクをつけていらして、これまでにはない緊張感の中での公演だったことを思い出します」
加藤さんにとって、そこからの道のりは未知の世界に踏み出していく道程となっていきました。
新たな扉を開けて
Photo by bozzo(音楽劇ゆめくい)
舞台芸術の可能性の全てが閉ざされてしまったように感じた、この春。けれど、加藤さんはその環境でも出来る表現を模索し続けました。
「この時期は、自分にとって新たな可能性を広げる期間になりました。以前から動画や音源の制作には興味を抱いていたのですが、こうした状況に置かれたことで、自分の中でようやく本格的にスタートを切ることが出来ました。
そもそものきっかけは、Twitterでドラマーの大場 俊さんが呼び掛けられた、リモートでの "We Are The World@Home" への参加でした。1985年に、多くのミュージシャンが様々な壁を乗り越えて、アフリカへの応援の気持ちを基に歌い上げたこの曲は、昔から好きな曲でした。この状況の中で、この曲をそれぞれの場所で歌い、そしてひとつに繋がっていくということに、とても大きな意義を感じて、『是非とも参加させてください』とご連絡しました。そうして集まったミュージシャンは、200人以上。直接お会いしたことのない方ばかりでした。各自が録画・録音したデータをお送りした後は、音源ミックスや動画の編集も、すべて有志の方々が、手分けして担当してくださいました。そうして出来上がった "We Are The World@Home" は、とても特別な作品となりました。
そこからのご縁で、大場さんがコンピレーションアルバムを作ってくださることになって、メインボーカルで2曲、コーラスで1曲、計3曲参加しました。それぞれ曲の個性も違って、演奏していてとても楽しかったです」
「また、地元の流山市で児童合唱団の声楽指導に携わっているのですが、子供たちが練習することが出来ないので、大柴 拓さんに音源と動画の編集方法を教えてもらって、練習中の合唱曲を多重録音で重ねて、子供たちに送りました。そうした経験を通じて、編集のノウハウを手探りで身につけられたのは、自分にとってとても大きな財産になりました」
そうして、加藤さんは自分でもYouTubeチャンネルを開設し、新たな方法での表現の発信を始めます。これまでに制作した動画の中には、加藤さんが子供の頃から大好きだったという『メリー・ポピンズ』の「2ペンスを鳩に」も含まれています。
実は伴奏音源のデータも、加藤さんの自作。「こうした作業が、どうやら好きみたいです。動画の編集のために、新たなパソコンも導入しました」と、にっこり笑顔になりました。
みんなが耳の中にいる
新たな表現の世界を開拓しつつある加藤さんのもとに、新たな提案が届きます。それは、東京都の企画「アートにエールを!」への参加というもの。
加藤さんは、微笑みを浮かべながら振り返ります。
「別府さんから、『マッキアートのみんなで参加しない?』という提案を受けた時、その場で『いいね、やろう!』と答えていました。もともと、自分の中でもそういう思いはあったのですが、でもみんな大変だろうから……とあれこれ考えたりして、踏み出せない部分があったんです。
でも、別府さんが背中を押してくれて、マッキアートの東京在住・活動中のメンバーを中心に声をかけることにしました。みんなで前向きに、応援し合いながら、つらかった登録作業も乗り越えていきましたね。企画に通過したというメールもなかなか届かなかったのですが、みんなが応援してくれたので、みんなで乗り越えていくことが出来ました」
マッキアートの「アートにエールを!」の動画・録音の編集も、すべて加藤さんが担当しています。全員のタイミングを合わせていったりと、細かな編集作業が求められます。加藤さんは、この編集に多くの時間と労力を費やしています。
「出来上がった動画は、多くの方々にご覧になっていただきたいですね。今回選んだ3曲は、祈りと希望を託したもの。この3曲を、マッキアートのみんなで歌っていけて、とても嬉しいです。
編集していても、『あ、みんなが耳の中にいる!』っていう感覚がとても嬉しくて。ひとりひとりの声や画像が加わっていくと、どんどん厚みが増して、華やかになっていくんです。そして、みんなが苦労して録ってくれたのも、動画や録音を通じて、よく伝わってきます。
今年は、マッキアートとしての活動を模索していましたが、こうした形で皆様に『マッキアート、がんばっていますよ!』ってお伝え出来るようになれて、とても嬉しいです。マッキアートのみんなで応募出来て、本当によかったです」
いちばん世界平和に近いもの
今回のストリーミングコンサートの開催にあたっては、綿密な調査・分析を積み重ねていった加藤さん。それは、誰よりも深い情熱を行動に落とし込んでいくための、静かな助走の過程でした。
「クラウドファンディングという選択肢は、数年前から浮かびながらも、その一歩を踏み出すことはどうしても出来ずにいました。今回、皆様のご厚意にお縋りすることになってからも、はたしてどれほどのご支持を頂けるのだろうか……と、ずっと考え続けていました。
けれど、気がついてみると、開始から一週間あまりで設定金額を越すご芳志が集まりました。私達を応援してくださる方々が、こんなにもたくさんいらっしゃるんだということが目に見えて分かって、感謝の思いがただただ増しました。5年間続けて来たことは、届いていたんだ……と。
今回のストリーミングコンサートは、その場での演奏をお届けする無観客のライブ配信です。こうした状況になって、私自身も配信コンサートをよく聴くようになりましたが、ライブ配信のコンサートだと、聴いている側の心構えも変わって来ます。同じ時間帯で演奏されているのを共有出来るって、得難い経験だな、って思いますね。
そして、画面の中の人を応援する気持ちも強まりますよね。いま、この人はこんなことをしているんだ……というのを、画面越しに応援することが出来るのは、とても嬉しいことだと感じています。静岡に住む親戚や、学生時代の友達にも見てもらえたら嬉しいですね。
そんな風に、同じ時間を共有しあったり、応援しあったり出来るのって、すごくいいな、って思います。音楽って、そういう優しいものなんじゃないかしら。いろんな国のものがあって、いろんな人たちがいて、違いがあるからこそ、豊かになっていって……。それって実は、いちばん世界平和に近いものじゃないのかな、って思います。
ストリーミングコンサートは、これからの時代の新しい定番になっていくのかもしれません。だからこそ、普段はクラシックを聴かない方や、オペラは難しそうと思ってらっしゃる方にも、こうした機会に聴いていただけたらいいな、って願います。
そして、平穏な日々が訪れたら、ぜひ劇場に足を運んでいただけたら嬉しいです。広い空間で体験する、生の音楽が体を震わせる感覚は、まったくの別体験。劇場で生の音楽を味わっていただける日が、早く訪れることを願っています」
加藤さんは、たおやかな百合の花のように微笑みました。
オペラカッフェマッキアート58のストリーミングコンサート
オペラカッフェマッキアート58では、今年度の新たな試みとして、無観客のライブ配信による、ストリーミングコンサートを7/20(月)・7/31(金)の夜に開催いたします。
開催に合わせて、Facebookのイベントページも完成いたしました。
7/20(月) vol.1 別府美沙子×藤野沙優デュオ (ピアノ:松井理恵)
7/31(金) vol.2 加藤早紀×横内尚子デュオ (ピアノ:畠山正成)
ありがたいことに、多くの皆様のご芳志をいただいております。一同、心より感謝申し上げます。本当に、ありがとうございます。精進を重ねて本番に臨みます。どうぞよろしくお願いいたします。
次回のインタビューでは、7/31(金)出演のソプラノ・横内尚子さんのメッセージをお伝えしていきます。どうぞ、お楽しみに!