前を向いて、進む勇気 ─ 別府美沙子さんインタビュー
vol. 3 2020-07-10 0
前を向いて、進む勇気 ─ 別府美沙子さんインタビュー
7/20・31に、オペラカッフェマッキアート58が開催のストリーミングコンサート。
今日から、その出演者のインタビューをお届けしてまいります。
記事作成を担当するのは、7/20出演のソプラノ・藤野沙優です。
インタビュー第1回は、ソプラノ・別府美沙子さん
まずは、7/20に出演のソプラノ・別府美沙子さんのインタビューをお届けいたします。
別府美沙子(べっぷ みさこ)
東京音楽大学声楽専攻声楽演奏家コース卒業、同大学院声楽専攻オペラ研究領域修了。第5回Lissone音楽コンクール(伊)第2位、第4回浜響ソリストオーディション第1位入賞、第53回日伊声楽コンコルソ入選。
イタリア留学中『リゴレット』ジルダ、『セヴィリアの理髪師(演奏会形式)』等を歌う。国内でも『愛の妙薬』アディーナ、『コシ・ファン・トゥッテ』フィオルディリージ、『ラ・ボエーム』ムゼッタ、『魔笛』夜の女王、『仮面舞踏会』オスカル等で出演している。2017、2019年小澤征爾音楽塾『カルメン』フラスキータ役カヴァーで参加。藤原歌劇団団員、日本オペラ協会会員
イタリアオペラを深く愛し、当地で研鑽を重ね、現在はイタリアオペラの上演を主とする藤原歌劇団で、将来を嘱望される別府さん。近年はフランスやドイツのオペラ、オペレッタへも、レパートリーの幅を広げています。
コロナ禍の直前まで、小澤征爾音楽塾《こうもり》で、ヒロイン・ロザリンデのカヴァーキャスト(控えの代役)として稽古への参加が続いていました。けれど2月の末に公演の中止が決まり、そこから別府さんの生活は一変しました。
「最後に、以前通りの形式で歌った本番は、2月の末のことでした。そして、3月が始まってから、以前のように人前で歌うことはなくなりました。あれから、もう4ヶ月も経つんですね…。様々なことが変わりました」
別府さんは、大きな出来事を経て、変化し続けていったこの4ヶ月を振り返ります。
自分が感染したかもしれないという恐怖
別府さんの中で起きた大きな出来事。それは「自分が感染したかもしれない」という恐怖との戦いの日々でした。
「4月になって新年度が始まってすぐに、デスクワークの仕事先で『急に高熱が出て、動けない』という方がいらしたんです。その方は私の隣の席。血の気が引いていくのを感じました。ちなみに仕事先でご一緒した日は、なにか虫の知らせがあったようで、帰宅後は家族とは別に夕食を取りました。その時の自分の判断を尊重して、本当によかった…と、今でも思っています。
当時は緊急事態宣言前で、休業補償もない中でしたが、何かが起きてはいけない、何かを起こしてはいけないと強く思い、2週間は自主隔離のもと、自室で過ごしました。
最終的には、何も症状はあらわれず、とても安堵しました。けれど、最初の数日間は、恐怖との戦いでした。日に何度も熱を測りました。熱が少し高くなった日には、『がんばれ、ここを過ぎれば大丈夫だ』と、自分を励ましながら、じりじりと時間が過ぎていくのを耐えました。
2週間が過ぎて、ようやく自室を出て、外に出られた時には、足がふわふわと浮くのを感じました。自分の足ではないような、不思議な感覚でしたね」
自分の判断を信じ、家族や周りの人々を守るために、2週間の自主隔離期間をとった別府さん。この期間で、彼女は自分自身を厳しく見つめ直しました。
「この2週間を経験したことが、現在の状況に対する姿勢に繋がっているのかもしれません。慎重に、冷静に考えて判断を下すことが、大事な人たちを守ることに繋がるということを、身を以て学んだ経験は大きなものでした。だからこそ、ひとつひとつの選択肢に対して、様々な角度から分析し、情報を精査し、自分で悔いのない判断を下していこうと考えるようになったのだと思います」
動き出そうという決意
けれど、別府さんは歩みを止めることはしませんでした。そのひとつが、東京都の企画「アートにエールを!」への応募の呼び掛けでした。
「この企画を知った時に、真っ先にマッキアートのみんなの顔が浮かびました。自分ひとりで何かをやるという選択肢もないわけではなかったけれど、それよりも、みんなと共に、この状況の中でも前を向いて、模索し続ける中で見えてくるメッセージを伝えたいと願ったのです。
登録は本当に大変でしたが、みんなでひとつの祈り、そして前向きなメッセージを込めた曲を歌っていくことが出来たのは、よかったと思います。
そして、この登録や動画作成も、ひとりでは決して出来なくて……。特に動画作成では、マッキアート代表の加藤早紀さんが大きな役割を担ってくれています。他のみんなもそうですが、自分の出来ることや経験で得たことを持ち寄って、チームとなることで、大きな力を発揮していくことが出来るんだなあ、ってことを、今回改めて感じました。本当に、素晴らしい仲間たちです」
勇気をもって、前へ
人にはそれぞれに役割があると語る別府さん。間違いなく、彼女の役割は「火を点す人」だと、話を聞きながら感じました。このストリーミングコンサートも、彼女の提唱によって動き始めたのです。
別府さんの言葉はいつも力強く、聴く人に勇気を与えてくれます。自分にもきっと出来る!という、自分を信じる力を与えてくれる人。それが、別府さんという人です。
「ストリーミングコンサートも、とにかく前を向いて進まなくちゃ、進み続けなくちゃ…という思いに駆られて、提案しました。本当だったら、少しでもお客様をお迎えして、開催したかった。けれど、今の感染状況を見ていると、やはり無観客という判断をくだしてよかったと感じています。
実は先日、別件で演奏動画の録画を何件かしたのですが、本番に必要な筋力とか、脳のはたらきが鈍っているのを感じて、とても悔しかったです。ああ、この数ヶ月の喪失は大きかった…と。
演奏家の仕事は、ひとりでは成り立たない仕事です。他の方々とのアンサンブルはコミュニケーションに基づくもの。だから、こうして距離に隔てられて、必要最小限の稽古しか出来ない状況は、とてももどかしいものです。
それでも、前に進み続けないと。小さなことでも、いま出来ることをひとつずつ、どんなことでもやってみればいいかな、って。そんな風に思っています。
今回のストリーミングコンサートは、マッキアートにとっても、私個人にとっても新しい挑戦。新しい生活様式に準じて、事前の合わせも必要最低限に留めています。人前で歌うということが久しぶりすぎて、緊張もしますが、それよりもやはり、音楽を通じて皆様とご一緒に時間を過ごせるということが、自分にとっては大きな喜びです。
プログラムは、自分にとって思い出深い曲、そしてこれからのレパートリーとして育てていきたい曲を選びました。特に、ドニゼッティ作曲《ドン・パスクァーレ》のノリーナ役は、昔から愛して止まないキャラクター。明るく賢い彼女が、自分の知恵と力で未来を切り開く姿が大好きです。この明るい音楽が、みなさまの心を照らしてくれたらいいな、って思います。
ピアニストの松井さんは、昔からお世話になってきた方。大事な場面では、いつもお願いしてきました。藤野さんとも、これまでも何度も共演してきています。7/31の回では、加藤さん、横内さんが、ピアニストの畠山さんとのアンサンブルで歌われます。
今回の4人のソプラノメンバーは、それぞれ個性も違うし、持ち味も魅力も違います。その違いこそが、アンサンブルの魅力を生み出すということを、皆様にお楽しみいただけたら…と願います。
まずは、7/20にYouTube配信を通じて、皆様にお目にかかれますことを楽しみにしています!」
別府さんは、大輪の薔薇のような華やかな笑顔をみせました。
オペラカッフェマッキアート58のストリーミングコンサート
オペラカッフェマッキアート58では、今年度の新たな試みとして、無観客のライブ配信による、ストリーミングコンサートを7/20(月)・7/31(金)の夜に開催いたします。
開催に合わせて、Facebookのイベントページも完成いたしました。
7/20(月) vol.1 別府美沙子×藤野沙優デュオ (ピアノ:松井理恵)
7/31(金) vol.2 加藤早紀×横内尚子デュオ (ピアノ:畠山正成)
クラウドファンディングも、ありがたいことに、多くの皆様のご芳志をいただいております。一同、心より感謝申し上げます。本当に、ありがとうございます。一同、精進を重ねて本番に臨みます。どうぞよろしくお願いいたします。
次回のインタビューでは、7/31(金)出演のソプラノ・加藤早紀さんのメッセージをお伝えしていきます。どうぞ、お楽しみに!