「社会に出る」ということ(社会人は遊び人)
vol. 9 2026-01-28 0
「社会に出る」ということ
ギンギセルズの「遊び」には二つあると思う。
自分の中で完結する遊びと、人や物と関わることで外に出ていく遊びだ。
ジンロックも、最初は一人の中だけの遊びだった。表現して、感じて、納得して終わる。
SNSに投稿することも、確かに「外に出る」行為のひとつではある。
けれど今、クラウドファンディングの真っ最中で「真剣に遊ぼう」と人を誘い、
自分が人とお金を動かす場に立ったとき、はっきりと感じた。
──ああ、私の「遊び」は外に出ているのだ、と。
人とお金を動かすとき、人は初めて、心からの感謝と、自然な責任を同時に感じる。
有形であるお金の奥には、信頼や時間、想いといった無形のエネルギーが流れている。
それを引き受け、回し始めた瞬間、
遊びは個人のものではなくなり、世界との共同作業になる。
「社会に出る」とは、
就職や肩書きのことだけではないのかもしれない。
遊びの延長で、有形と無形の両方を回すこと。それを引き受けたとき、人は社会に立つ。
今、私は多くの人に手を貸してもらいながら走っている。
このクラウドファンディングの期間は、
世界のエネルギーの循環を身体で学ぶ時間だと感じている。
遊びは、真剣になればなるほど、自然と外へ伸びていく。
無理に「社会に合わせる」のではなく、思いきりやりたいことをやってみる。
その先に、希望に満ちた責任と、無邪気な「社会人」があるのかもしれない。
Ginrock
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