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INTERVIEW - 2016.01.08

あの素晴らしい場所が取り戻せるなら『それでも僕は帰る —シリア 若者たちが求め続けたふるさと』をめぐるシリアへの想い

「人と人をつないで世界の課題解決をする」をミッションに活動する映画配給会社、ユナイテッドピープル。社員はわずか2名でありながら、世界中からあらゆるジャンルの映画を日本に紹介し続けている。

「人と人をつないで世界の課題解決をする」をミッションに活動する映画配給会社、ユナイテッドピープル。フルタイムメンバーはわずか2名でありながら、世界中からあらゆるジャンルの映画を日本に紹介し続けている。この会社のメンバーの一人、アーヤ藍さんは2011年3月にシリアに滞在し、その美しさと人々の優しさを胸に焼き付けつけ、再訪を誓って帰国した。だが、ほどなく始まった内戦は現在も続く。その模様の一部を切り取った『それでも僕は帰る —シリア若者たちが求め続けたふるさと』を日本で配給するために、アーヤさんはクラウドファンディングという手段を選択した。なぜ、この映画を日本に紹介しようと思い当たったのか。アーヤ藍さんに話を伺った。

シリアの素晴らしさを多くの人に伝えたい


映画『それでも僕は帰る』から

―― 学生時代にシリアに行き、それがきっかけでこの映画に携わることになったと伺いました。

アーヤ藍 大学時代は5つのゼミを渡り歩いたのですが、そのなかでも一番長く籍を置いたのがアラブとイスラームの文化のゼミでした。911の同時多発テロが起きたとき私は中学生だったのですが、イスラム社会についてもっと理解を深めることが大切だと感じたのがきっかけです。大学2年の春休みに、シリアに1ヶ月語学研修で行きました。当時のシリアは街は美しく、人は優しく、とても過ごしやすくて、どこか懐かしさを覚えるような国でした。どこを撮影しても絵葉書になるくらい美しいんです。

 けれども、滞在中から別の街で反政府デモが起き始め、私が帰国後に内戦状態に陥りました。ほんの少し前まで自分がいた場所が、どんどん破壊されていく。友人たちとも連絡が取りづらくなってくる。自分の郷里でおきた出来事のようにつらかった。そして状況が変わらない現在も、胸が痛む日々が続いています。現在所属する会社、ユナイテッドピープルに入る前から、日本から、なにかできることはないかとずっと考えていました。

――ユナイテッドピープルは2名でやっていらっしゃるのですか?

アーヤ藍 私と代表の関根の2名で運営しています。本社は福岡にあって、宣伝のたびに上京しています。小さな会社なので、プレス関係者への宣伝はもちろんですが、市民上映会用のDVD発送や、ホームページの更新、イベント運営など、何から何まで2人で行っています。そのため、1年に配給できる作品は2〜4つと少ないんです。ですから、1作品でも失敗してしまうと、会社存亡の危機となってしまうほど(笑)。だから、扱う作品については熟考に熟考を重ねます。関根がいいと思った作品でも、私が納得できなかったら配給しませんし、逆もあり。毎回のように勝負です。
作品選定の基準は、クオリティはもちろんのことですが、人を動かす力を持っていることに重きを置いています。伝えたいメッセージが明確であること、鑑賞者が劇場を出たあとになにか行動を起こしたくなる内容であること、問題を伝えるだけではなく、その問題を解決するためのヒントが含まれていることは大切にしています。単に問題を捉えるだけではなく、映画を観た人が主体となってなにかを起こしたくなる作品を選んでいます。

――映画が好きでこの会社を選んだのですか?

アーヤ藍 好きではあったんですが、職業にしようとは当初は考えていませんでした。大学を卒業して、新卒で就職した会社は老舗プロバイダーで全くの異業種だったんです。きちんとビジネスを学ぼうと思って入った会社でしたのでやりがいもありました。その一方で、学生時代に学んでいたシリアをはじめ、山積みになっている世界の課題を多くの人達に考えてもらうきっかけづくりをしたいと就職してからもずっと考え続けていました。余暇を使って『ザ・デイ・アフター・ピース』という映画を、大学生の人たちに上映してもらう「You Are the One Project」というプロジェクトを立ち上げたりもしました。この映画は、戦いや争いのない日を1日でいいから作ろう、と「ピースデー」の制定を国連に訴えた人の10年間を追ったドキュメンタリー。この映画の上映会を行うことで、現実の世界をそのまま切り取ったドキュメンタリーの魅力や、映画を観るだけでなく、そのあとに一緒に対話をしたりする「市民上映会」の可能性を感じるようになりました。そのタイミングで、ユナイテッドピープルが第二期創業メンバーを募集することを知り、自分のやりたいことを実現するために転職。住まいも福岡に移したんです。自分のやりたいことを実現するため転職し、住まいも福岡に移したんです。自分としては、たくさんの人達に考えてほしいし、行動する人たちを増やしたい。その想いが先にあって、その手段として、映画というメディアを選んで扱っているという感じです。

クラウドファンディングは人と人とを繋げる

――そんなところにこの映画『それでも僕は帰る —シリア若者たちが求め続けたふるさと』と出会った。

アーヤ藍 この映画は、2011年の夏から、シリア第3の都市ホムスで撮影されてきた映像を元に制作されたものです。シリアが内戦状態となってから5年になろうとする現在、マスメディアが現地に足を運んで取材をすることはほぼ不可能です。そのため、日本でシリア情勢が伝えられる機会もどんどん減ってきています。こんな状況だからこそ、この映画をいろいろな人に見てもらいたいと思ったのですが、代表の関根と話しても、やはり商業としてこの映画を扱うことはとてもむずかしい状況でした。さきほど話したように、弊社は1つの失敗も許されない状況で…。そこで、映画の買い付け金はユナイテッドピープルで用立てましたが、それ以外にかかる字幕制作費や翻訳費用、チラシやポスター制作費などをクラウドファンディングを活用して調達することにしました。

――お仕事をしながら、別でまた活動をされるというのは、お忙しかったのでは?

アーヤ藍 忙しいのは忙しかったですが、それよりも精神的な切り替えがとても大変でした。というのは、facebookやクラウドファンディング参加者へのアップデートなど、「書くこと」にものすごく心を使ったからです。シリアの現状を知ってもらいたいという思いと、かつて自分が感じてきた素敵なシリアの姿も伝えたいという思い、そしてシリアの友人たちのために、もっと早くアクションを起こせなかった後悔の念。「シリア」に対する自分の複雑な感情をひとつずつ紐ときながら言語化するのは本当に大変で、1つの記事を書くのに徹夜したことも何度もありました。どうしたら、シリアのことが伝わるんだろう。どのようにしたら広がってくれるんだろう、と期間中はとにかくシリアとクラウドファンディングのことを考えていました。そのおかげで、ページがシェアされるようになり、「そこまで頑張っているなら、シリアのことはわからないけれど協力するよ」と言ってくれる友人も現れた。こまめにアップデートを重ねることで、自分たちが本気で取り組んでくれるということも伝わりましたし、更新を重ねるごとにコメントやメールをいただけるので、辛かったけれども、それ以上に得るものもありました。


渋谷アップリンクを皮切りに、劇場公開が実現!

――目標額が達成できたのは、そんなアーヤさんの思いが通じたからでしょうか?

アーヤ藍 おかげさまで、271名もの方から約212万円もの資金をいただくことができました。そしてプロジェクトページには3700人以上の方から「いいね!」もしていただきました。自分としてもここまで輪が広がるとは思っていませんでした。今回のクラウドファンディングでは、前の会社の先輩や、中学時代の同級生、大学時代に一緒にシリアに行った友人たち、そして様々な場所で出会った仲間たちが応援をしてくれました。直接の知り合いばかりではありません。シリアをかつて訪れたことがあり、シリアの現状に胸を痛めている人や、シリアについてもっと知りたいと思っていた人などが、心を寄せてくれました。「コレクター」のページには参加者の方からの応援メッセージが載っていますが、これは私の一生の宝物だと思っています。クラウドファンディングを通じて、シリアに想いを寄せている人がたくさんいることを肌で感じることができ、勇気が湧きましたし、自分がやろうとしていることに少なからず「意味」があるのだと励まされました。今も時々見返しては、胸が熱くなります。また、5万円以上の寄付をしてくださった方のために、シリアのトークと料理を楽しめる特別先行試写会を実施したときは、参加者の方と直接会って、映画の感想やシリアについて、たくさん話をできたのが嬉しかったです。その方々がまた、帰ってから、イベントの様子とともに映画の紹介をしてくれたりもしました。 普通に映画を買い付けて、配給するだけでは生まれ得なかった、出会いや繋がりが本当にたくさんありました。クラウドファンディングは、単にお金を集めるだけではなくて、人の想いを繋げ、広げてくれる仕組みだと思います。


コレクターの方とのシリアのトークと料理を楽しめる特別先行試写会の一コマ

――今後もクラウドファンディングを活動に取り入れる予定はありますか?

アーヤ藍 この「想い」をつなげる仕組みは、弊社のように、伝えたいメッセージが強い活動と、とても相性が良いと感じています。そして「配給」という仕事にとって、とても支えになる仕組みでもあるんです。「クラウドファンディングで◯◯人もの人が支援した」と映画館側に伝えると、「題材はマイナーに見えるけれども、潜在的な需要は大きいのかもしれない」と思ってもらえる。映画館に上映をお願いするうえで、強力な資料になるのです。今後も積極的に活用していきたいと思っています。

 先日、『ザ・トゥルー・コスト~ファストファッション真の代償~』という映画でもクラウドファンディングを実施しました。2013年にバングラディシュの首都、ダッカ近郊のまちで衣服生産ビルが倒壊して1,100人以上が亡くなったのですが、この事件をきっかけとしたファッション業界の裏側に迫ったドキュメンタリー映画です。このクラウドファンディングはファッション業界の方などが興味を持ってくださり、約110万円もの資金を調達できました。

このほか、シリアと同じくらい私がずっと関心を寄せ続けてきたLGBTに関連する映画で、アメリカでの同性婚裁判を 5年にわたって追い続けた『ジェンダー・マリアージュ』や、シリアと同じように、時間の経過とともに関心度を維持するのが大変になってきている3.11震災にまつわる、母と子の絆を描いた『抱く[HUG]』などでも、クラウドファンディングを活用して映画配給をしていこうと計画しています。

❏『ジェンダー・マリアージュ』
2015年6月、全米で同性婚が法的に認められました。しかしそこに至るまでには愛と涙の奮闘の歴史が…。なぜ「結婚」をしたいのか。どんな想いで闘ってきたのか…。ありのままの声を届ける映画です。
❏『抱く[HUG]』
ドキュメンタリー映画監督の海南友子による、3.11震災後の自身の出産を描いた、初のセルフドキュメンタリーです。

今後、クラウドファンディングはもっと盛り上がると思っています。やりたいこと、伝えたい想いのある人たちが声をあげ、仲間を集め、エネルギーが集まる。それを支えてくれる仕組みだと思います。クラウドファンディングをきっかけに、挑戦する勇気や夢を抱く希望が、あちこちで花開く、そういう社会になれば素敵だなと思います。


この記事を書いた人

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