劇団四季や宝塚歌劇団でメインキャストとして活躍したミュージカル俳優たちが中心となり結成された「心魂プロジェクト」は、難病の子どもたちやそのご家族に本物のパフォーマンスを届ける団体。関東を中心に日本全国、海外の病院や施設に赴き、可能な限り無償で公演を行っている。このプロジェクトを東北の子どもたちに届けるために、クラウドファンディングに挑戦した心魂プロジェクトの東北プロジェクト担当で、マーシャルアーツ・パフォーマーの齊藤志穂さんにお話を伺った。
プロフェッショナルが届ける、
本物のエンターテインメント
―― 心魂プロジェクトはなにがきっかけで誕生したのでしょうか?
齊藤:もともとは代表の寺田真実の体験がきっかけです。彼が劇団四季に在籍していたとき、ある自閉症の男の子がお母さんと一緒に四季の舞台を観て感動して、またミュージカルを見たいと、誰かの介添なしで通えるようになりたいと思いました。彼は、ミュージカルに一人で行くために、それまでできなかった一人での外出の訓練を始め、貯金をはじめ、長い時間をかけて一人で外出して、ミュージカルを観に行けるようになった。そんな体験が綴られた手紙を見たそうなです。
そのときに、寺田はミュージカルを気軽に観に行けない方がいること、彼のように努力をしても会場に足を運べない方たちがいることに気付いたのです。そのような方たち、とくに感受性の豊かな子どもたちにミュージカルやパフォーマンスを体験してもらいたい。向こうが通えないなら、こちらから伺えばいいんじゃないかと。
もともと寺田は牧師の家に育ち、人になにかをしたい気持ちがとても強いのです。また、27歳までメーカーの営業マンとして働いていて、それまで観るだけだったミュージカルを自分で演じてみたいと思い立ち、会社を辞めて俳優に転身したという経歴も持っています。
多様な経験、価値観と視点を持っている彼だからこそ、思いつき、活動に繋げられたプロジェクトだと思います。
現在のメンバーは宝塚歌劇団や劇団四季に所属していた俳優のほかに、作曲家や和太鼓奏者などバラエティ豊かです。いまのところ20人ぐらいのメンバーがいます。私はマーシャルアーツ・パフォーマーで、格闘技系のパフォーマンスをやっています。公演にあたり、それぞれの演者が得意なところを組み合わせて一つの出し物にしていくので、おもしろいですね。メンバーの割合からミュージカルの作品が多くなるので、人前で一緒に踊ったり歌ったりすることもあるので、舞台や演技の経験がなかった自分にとって、すごい挑戦となっています。いつも新しい刺激をもらっていますね。
理解者が増え、活動は飛躍的な広がりを
―― わずか1年半で活発に活動されていますね。
齊藤:とはいえ、立ち上げ当初は弱気になっていた部分もありました。というのは、理念が先立ち結成された団体だったので、受け入れてくれる病院との繋がりが全くなかったのです。一般公演で資金を集めていたのですが、寺田が千葉の病院の方と偶然知り合い、受け入れてもらえるようになるまで、その資金を使う先がみつからないという状態でした。ただ、一つ実績ができると話が早かったですね、その病院から他の病院を紹介してもらえたり、また呼ばれたりして次々に公演先を見つけることができました。
病院側も、私達のようなエンターテイメント集団を受け入れるのは初めてのところもあるので、いつもお互いに相談しながら試行錯誤しています。
わたしたちが訪れる病院には様々な病状の子どもたちがいます。生まれてから一切病室の外に出ることの出来ない子どもたちや指一本自力で動かせずベッドに寝たきりの子どもたちのように重症心身障害の子どもたちが世の中にはたくさんいます。なので、私たちも様々な工夫をします。
いきなり暗くするとびっくりするので、上映スペースは明るいままで始めたり、芝居性をあまり入れないライブ形式で曲を聴いてもらったり。その場その場で状況を判断する力も求められます。でも、みなさん何かしらの反応を返してくれるし、表情が変わります。最初に伺った千葉の病院には、毎月違う作品を持って行っていたのですが、長いお芝居でも真剣に観てくれました。
また、わたしたちは単にステージ上のパフォーマンスを観てもらうだけでなく、子どもたちのすぐ近くに行って実際に触れ合い、目の前で歌い、パフォーマンスをする「デリバリー オブ デリバリー」というスタイルを大切にしています。
みなさん劇場に行ったことがないから、実際にそういったお芝居とかミュージカルを観てどのような反応をするのか、本人もご家族も、看護師さんやお医者さんもわからないのですよね。そのときに子どもがミュージカルが好きでちゃんと見ていられるという事が分かり、実際に、劇団四季の劇場まで行ったというご家族も出てきました。
最近は少人数で病院へ行くスモールデリバリーパフォーマンスというのも始めました。メンバーが揃って訪れるとなるとスケジュールが合わず時間がかかる事がありますし、機材や手間も増えてしまいます。なので、女性のシンガーが一人で病院に行って、病室から出られない子どもたちの耳元で、歌ったりします。また、初めてのところはいきなり多くのメンバーで押しかけるとびっくりしてしまうのかもしれないので、私はメンバーの男性と二人で何回か病院に行ってライブを行っています。慣れてもらったら、今度はフルメンバーでより盛り上がる演目にしようって。フレキシブルな対応ができるようになってきました。
より遠くへパフォーマンスを届けたい。
クラウドファンディングへの挑戦
―― 活動にあたり補助金などは活用されていますか?
齊藤:最近は少しずつ認知度が上がり、支援をしてくださる団体も出てきましたが、病院での活動は基本的に全員ボランティアでやっています。もちろん、交通費や衣装代、機材などコストがかかりますので、2〜3カ月に1回の割合で一般公演を行い、そこで得た収益を回しています。一般公演では「ミュージックシャワー」というオリジナルのスタイルの演目があります。お客さんに中心に座ってもらい、プロのシンガーとか演者たちがその周りを取り囲んで歌や生演奏の音のシャワーを浴びてもらうというものです。そのなかで、ちょっとお芝居の要素も取り入れつつ、動きも楽しんでもらう。別の演目ではプラネタリウムとコラボして、映像つきでミュージカルをやりました。この演目は寝たきりの子どもたちに楽しんでもらいたいという思いから生まれ、病院での演目として作られたものを一般公演でも上演しました。現在は、新しいことを考えだし、生み出して、それを実現させることに注力しています。
けれども活動メンバーにもそれぞれ生活があるなかでの活動となっているので、全国各地の病院に伺いたいのですが、なかなか難しい状況です。病院にいる子どもたちは全国各地にいますし、むしろ地方の子どもたちは都会の子どもたちにくらべて、楽しみの機会が少ないから地方でこそ活動がしたいのです。そこが非常に歯がゆいんですよね。
―― その思いがクラウドファンディングのきっかけなのですね。
齊藤:はい。そういった思いもあり、私が福島に縁があったこともあって、代表の寺田と話して、まずは東北での活動をはじめることになりました。先程も言いましたが、ありがたいことに、最近、認知度も少しずつ上がってきて、いろんなところからお声をかけていただけるようになりました。けれども、まだまだ資金は潤沢ではありません。助成金をいただくという手段ももちろん検討しているのですが、手間と時間がかかる。そんなときにクラウドファンディングという方法があることを知りました。演劇方面で成功されている方が何組かいたので、MotionGalleryを選び、始めてみたのです。
とりあえず募集したのは30万円。最初はいくらぐらいを目標にすればいいのかわからなくて、とりあえず本当に必要な額で設定したのですが、驚いたのは面識のない方々の参加が多かったこと。また、関西からの参加者が多かったことです。MotionGalleryのサイトを見てくださったのだと思いますが、まだ公演を見ていいただけていないのに、趣旨だけで賛同していただけて本当にありがたいと思っています。おかげで44万円もの資金を調達することができました。
そういった全国各地からのご支援をいただくと、新しいモチベーションが湧いてきますね。「生で見てもらえるように活動の幅をひろげなくては」と決意を新たにしました。
クラウドファンディングがテレビの取材に繋がる
齊藤:また、予想外の出来事もありました。NHKから取材の依頼があったのです。
MotionGalleryのサイトをチェックして、「こんな取り組みがあるのか」と思って、連絡をいただきました。合宿での作品作りの過程や病院での公演を密着取材していただき、朝のニュース番組で取り上げてもらったのですが、その後の反響がとても大きく、新しく伺えそうな施設や病院も増えそうです。Facebookページを作っているのですが、5分くらいのあいだに「いいね!」が50くらい一気に増えて、最終的に200ぐらい増加しました。テレビの力って本当に大きいですね。パフォーマンス前後の子どもたちやご家族の様子や、感じていることを知ることができたのも良かったです。私達はパフォーマンスの場でしか会えないので、「いつも」はどのように過ごしているのかがなかなかわからなかったので。非常に参考になります。
でもこれって、自分たちのwebサイトやFacebookだけじゃなく、MotionGalleryで活動をアピールしていたからこそ、NHKの人に見てもらえたと感じています。MotionGallery資金調達はもちろんのことですが、多くの人達に活動を知っていただける場になっていますね。活動にはずみをつける意味でも、クラウドファンディングを行ってとても良かったと感じています。放映時にはクラウドファンディングは終了していたのですが「もっと早く知っていたら、参加したのに」と言っていただける方も多かったです。
実現した東北公演。そして想いは九州にも。
齊藤:東北の公演は先日いわき市の病院に4名のメンバーで1泊2日で行ってきました。当初は受け入れてくれる病院が見つけられなくて、どうしたものかと思っていたのですが、私達を最初に受け入れてくださった千葉の病院がいわき市の病院を紹介してくれました。今回、とりあえずでも、初めの一歩を踏み出さないことには何も始まらないと思って、まず行ってみました。私達も病院も初めてだったので、病院内で行うイベントの日に合わせてパフォーマンスを上演するという形にしました。そしたら思った以上に反響が大きくて!ご家族からは「子どもが音楽をこんなに好きだなんて思わなかった」、「ここまで反応するのを初めて観る」というお声をいただきました。職員さんにも非常に好評でしたね。
先日、宮古出身の方とご縁ができたので今度はそちらに行きたいと思っています。一旦東北の病院と御縁ができると、今度は近くの病院とも繋がりが持てるので、今後も定期的に訪れられるようにしたいです。仮設住宅にお住まいの方々のところなど、被災地へさらに活動を広げられるようにしたいです。NPO法人化も認可を受けたので、今後は組織としての信頼度も高めていけそうです。
―― 今後もクラウドファンディングを活動に組み込む予定はありますか?
齊藤:今後、地方での活動を多くしていきたいと思っていて、今回の東北公演のときのように九州地方などの公演に活用したいと思っています。今年の夏は愛知と静岡の難病キャンプ、そして9月に2週間以上の長期間にわたって台湾へ行ってきました。代表の寺田が子どものころ台湾に住んでいて、その関係で台湾では大きな病院を廻ってきました。今後は、先ほども言った関西方面や九州方面の公演をしていきたいですね。
また、私達の移動はレンタカーを借りることが多いのですが、これだけで年間で数十万円かかっています。なので、車両を購入できるような大きな資金を作るために活用するのもいいなと検討しています。キャンピングカーのような大きな車があれば、機材も運べますし、なかでリハーサルや稽古もでき、活動の幅が非常に広がるので。まずはこれまでの経験をきちんと踏襲して、次への活動に繋げていきたいと思っています。
心魂プロジェクト
心魂プロジェクトは2013年春
『 難病の中に生きる子どもたち、ご家族と手を繋ごう 』
と言うアーティスト達の想いから始まりました。
心魂プロジェクトのアーティストは劇団四季でメインキャストとして活動していたメンバーをはじめミュージカル・映像音楽の作曲者、ヨガインストラクター、和楽器奏者、武術家など、それぞれの分野で活躍してきた多種多彩なパフォーマーが、『生きる喜び』を『表現することを通して共有する』という理念のもと集まったメンバーです。