テレビや映画などの映像作品とは違う、一期一会の感動をもたらす芸術が、舞台です。東京で上演される舞台の本数は、世界でも有数の数だとご存知でしょうか。世界各国の人気作品を観劇できる一方、東京以外での舞台芸術環境が整っているとは、決して言い切ることはできません。
愛知県の中核都市、豊橋市に2013年に誕生した公共劇場「穂の国とよはし芸術劇場PLAT」では来年1月20、21日、日本を代表する作曲家である宮川彬良さんの楽曲による新作のミュージカル『ナイン・テイルズ~九尾狐の物語~』を上演します。地方都市発である「穂の国とよはし芸術劇場プロデュース」を全面に出し、クラウドファンディングで資金を集める意味について、立ち上げ人の同劇場シニア・プロデューサー、中島晴美さんにお話をうかがいました。
実力派ミュージカル俳優たちが「ぜひ出たい作品」と
『ナイン・テイルズ~』は、中国や日本などの神話や伝説に登場する、九つの尾を持つ狐「九尾狐(くみほ)」の物語。現在放送中のNHK総合の朝の連続テレビ小説「ひよっこ」の音楽などを手がける宮川彬良さんが作曲を担当しており、ディズニー実写映画「美女と野獣」のヒロイン、ベル役の吹き替えの歌声が話題になった主演の昆夏美さんのほか、小野田龍之介さん、Jkimさんら実力派のミュージカル俳優が出演します。
――新作制作のきっかけはどのように?
PLATがオープンした年、宮川さん音楽監督で合唱作品『劇場へ行こう!』を上演しました。市民の方々約90人が参加し、劇場の面白さや不思議さを描いて好評だったので、開館5周年の記念公演を模索していた際に彬良さんに相談したら、「実は僕には、一度も上演されたことがないミュージカル作品がある」とデモテープを渡されたんです。『ナイン・テイルズ~』の演出家の田尾下哲さんも「素晴らしい」と言って、出演を打診したキャストの皆さんも、脚本をおみせしたら「面白そうだし彬良さんの作品だから出てみたい」と。メインキャストが早い時期に確定したことは心強かったですね。
――作品は、人間の愛に憧れる女狐の梅花(メイファ)と木こりの河柳(ハユ)の、千年の時を超えた愛の物語。ふたりは愛し合いますが、狐と人間の争いの最中に誤って梅花が殺されてしまい、梅花の姉の紅梅(ホンメ)の呪いにより河柳は狐に……。生まれ変わった梅花と、河柳との再会が描かれます。
『ナイン・テイルズ~』は民話がもとになっていますが、彬良さんの音楽の力強く美しいメロディーが一本筋の通ったドラマに仕上げていて、狐と人間が愛しあうという物語に説得力を与えています。
昆さんは、主人公役を吹き替えている映画「美女と野獣」がヒットしていますが、本当に素晴らしい! 外見はフワっとしていてかわいらしい方ですが、芯の強い確かな演技のできる女優さんです。今出演中のミュージカル『レ・ミゼラブル』で演じているエポニーヌ役も同様です。今後も活躍の場が広がるでしょうね。
「この作品が豊橋の3公演ではもったいない」の声に、心から感謝
――目標金額の150万円は、すでに達成しましたね。
ミュージカルは、音楽に一番お金がかかります。演奏楽器もふくめそれぞれ譜面を起こし、マイクなど音響の経費が必要になります。上演はもちろん生演奏。初めての試みですから、音楽稽古スケジュールやダンス、転換など、現在の予算でどうできるか、田尾下さんやスタッフが知恵をしぼっています。狐から人間への早替わりがあるので、その仕掛けには費用を割きたいところですね……もっともっと支援者を増やしたいです。
豊橋での公演のみですから、ミュージカルファンにも広く情報が届くよう、キャストたちが今出演している作品へのフライヤー配布もしています。「このメンバーやスタッフの作品を豊橋の3公演で終えるのはもったいない。東京公演実現のために応援します!」とコメントをいただき、とても嬉しかったですね。一度もお会いしたことのない方々から寄せられる応援の「言葉」に、クラウドファンディングして良かったと、心から感謝しています。
また、ファディングの強力なサポートメンバーである、地元の愛知大学の経営学部太田ゼミ生が、若者視点での広報の提案や助言もしてくれています。経費のやりくりでくじけそうな私の支援者です。若いメンバーがいるというだけでも、活気が出るものですね。
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中島晴美
中央大学卒業後、文学座養成所、シェイクスピア・シアターを経て、劇団「劇工房ライミング」を設立、主宰。演出と俳優を兼任しイギリス戯曲の新作翻訳劇などを数多く手がけ、1994年『ヴェニスの商人』で芸術祭賞受賞。96年に文化庁海外芸術家派遣事業で、ロンドンでアートマネジメントを学ぶ。2004年、富山市民文化事業団チーフプロデューサーに就任。11年に豊橋文化振興財団芸術文化プロデューサーに就任、15年から現職。