年間1億8600万人の読者がいるとされる旅行ガイドブック『Lonely Planet』で「BEST IN TRAVEL 2021」に輝いた和歌山県。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録される熊野三山や高野山があることから、近年世界的に注目されています。
熊野での最後の滞在地として、多くの旅人たちに選ばれているのが那智勝浦町。その玄関口となるJR紀伊勝浦駅前のビル2・3階をリノベーションし「 WhyKumano Hostel & Cafe Bar」が営まれています。
オープンに伴い、2019年4月19日から7月18日までの約3ケ月間、WhyKumanoはクラウドファンディングを実施していました。プロジェクト名【 日本一周した侍がたどり着いた答え。世界遺産『熊野古道』の終着点 那智勝浦にゲストハウス「Why Kumano」をつくる!】を掲げ、コレクター(支援者)の人数160人、達成金額2,310,171円、達成率150%超となる成功を収めました。
あれから2年が経った今、オーナー後呂 孝哉(うしろ たかや)さんをインタビューしました。
MOTION GALLERYに掲載されたプロジェクトページ
「ごろさん」の愛称により宿泊者や地域の人々に親しまれるオーナー後呂さん(photo:丸山 由起)
クラウドファンディングを選んだ理由とWサポート体制
クラウドファンディングに起案者としてプロジェクトを掲載したのは、今回がはじめてだったという後呂さん。どうしてクラウドファンディングを実施しようと考えたのでしょうか。
後呂さん:
僕は、那智勝浦の隣町である新宮市出身で、関東で10年間過ごし、3年前にUターンしました。ゲストハウスの開業準備をはじめたのは帰省して間もない頃だったので、自分が熊野でクラウドファンディングをやったらどんなことが起こるんだろう?と興味が湧きました。ゲストハウスには改修費や設備費などいろんなお金がかかるので、その一部の資金を集めながら、オープン告知にもなればいいなと思って、クラウドファンディングをすることに決めたんです。
そこで後呂さんは、MOTION GALLERYとゲストハウス情報マガジンFootPrintsの共同企画「 クラウドファンディング・サポート」に問い合わせることにしました。サポート実績と編集経験を持つ2名のサポーターが、ゲストハウスの分野に限らず、客観的視点でプロジェクトページの作成におけるアドバイスとフィードバックを無料で行う仕組みです。
これまで、場所づくり・ものづくり・イベント開催などの多数の分野で、30件以上のサポート実績があります
Wサポート体制はいかがでしたか。忖度抜きのご感想をぜひ。
後呂さん:
めちゃくちゃありがたかったです。最初のオンラインの打ち合わせで、サポーターのお二人に企画書を見ていただき会話をするのですが、話を進めていくうちに「自分は何がやりたいか?」の本音の部分を見つめ直すことができて、思考の棚卸しになりました。「読み手が関心を寄せるポイントはここです。もっと詳しく書きましょう」や「熊野を知らない人にも興味を持ってもらえるように、地域の紹介をこのあたりに入れましょう」などと、お二人のアドバイスやフィードバックが具体的で、そのおかげでプロジェクトページを形にしやすかったです。
クラウドファンディング実施期間、目に見える応援とリターン
こうして、思いのたっぷり詰まったプロジェクトページが完成し、公開日を迎えました。
クラウドファンディングというものは、掲載さえすれば自動的に支援金が集まるものではありません。多くの場合、「起案者は信頼できる人か?」が支援者の判断軸となります。そのため、面識のある人からの支援の割合が多く、これまでの関係性や地道な宣伝活動が結果を左右するといった特徴があります。
後呂さんの場合、SNSによるクラウドファンディング開始のお知らせや、プロジェクトページに付属するブログ機能「アップデート」を活用した全8回の進捗報告などを行っていました。支援者のうち約8割が面識のある人だったそう。関東や和歌山の知り合い、旅先で出会った人からの応援メッセージもありました。
バイトでお金を貯めては旅に出て...を繰り返していた大学時代。世界26カ国をめぐり、多くの出会いがあったといいます
後呂さん:
開始2カ月後に目標達成ができて嬉しかったですし、いろんな方が応援してくださっていることが目に見えてわかるので励みになりました。直接「がんばってね!」と声をかけてくださる人も多かったです。グランドオープンはクラウドファンディング終了後の7月20日でしたが、2階のカフェバーと宿泊の一部は実施期間中の5月1日にプレオープンさせたので、準備や運営で慌ただしくて。もっとアップデートの更新やSNSの発信をして、いろんな人に見てもらえるようにすべきだったな、というのが反省点ですね。
僕以上に周囲の人たちがどんどんSNSでシェアしてくれて、面識のない人までプロジェクトのことを知ってくださっていて驚きました。「クラウドファンディングやってる人よな? 応援してるで!」と声を掛けてくださる地域の人もいて。皆さんにとても感謝しています。
支援者にお返しするリターンは全12種類。宿泊チケットや、オリジナルデザインのシャツ、熊野の地酒セット、熊野ツアーのアテンドなど、現地訪問系から郵送系までバランスよく用意されていました。
宿泊チケットに次いで支援者が多かったのは、オリジナルデザインのTシャツとYシャツでした
なんと、最高額25万円となる「出張マグロDJ解体ショー Tunagiht(トゥナイト)」にも1名の支援者が現れました。このリターンは、那智勝浦を拠点にDJとしても活動する鮮魚店の店主とWhyKumanoがコラボした企画で、支援者はマグロと音楽を楽しむイベントの出張を依頼できるというものです。
後呂さん:
コロナ禍の移動自粛の影響もあって、現地訪問系のリターンのなかには、まだ支援者の方々とスケジュールを調整中のものがいくつかあります。皆さん口を揃えて「来たるときが来たら...!」とおっしゃってくださっている感じですね。出張マグロDJ解体ショーもまだ実施できていなくて。茨城県の知り合いのお医者さんが支援してくださったのですが、今新しい診療所をつくっているそうなので、オープン祝いのときに診療所で解体ショーをさせていただくことになるかもしれません(笑)
終了間際のアップデートには、イベントの打ち合わせをする鮮魚店の店主と後呂さんの姿が投稿されていました
その後の予想外な出来事。プロジェクトページによる宣伝効果
開業準備と並走しながら駆け抜けた、3カ月間のクラウドファンディング。目標金額の達成だけでなく、当初の狙い通り、ゲストハウスのオープン告知の役割も果たしていました。そして、意外なことに「クラウドファンディング終了後も宣伝効果が続いています」と後呂さんは話します。
後呂さん:
最近までWhyKumanoにはホームページがなく、予約サイトやSNSがネット予約の窓口となっていました。それでも電話で直接予約をくださる方がいたので、予約に至った経緯を尋ねてみたところ、「インターネットで『那智勝浦 ゲストハウス』と検索したら、クラウドファンディングのページが見つかって、文章を読んだら面白そうだったので予約しました」と話される人が結構多かったんです。一般的な予約サイトに掲載されているのは、宿泊部屋の情報です。だけどプロジェクトページには、「どういう思いで宿をつくったのか?」や「どういう人が運営しているのか?」などのストーリーが紹介されています。それが予約の決め手になっているんだと実感しています。
他の窓口を経由した方も、宿に向かう道中で「今日泊まる宿ってどんなところだろう?」と検索してプロジェクトページを読んでくださることが多くて。事前に情報が伝わった状態で会話をスタートできるので、コミュニケーションを深められるきっかけにもなっています。
2階にバーカウンターと交流スペースがあり、2階奥と3階が宿泊ルームになっています(photo:丸山 由起)
クラウドファンディング終了後もプロジェクトページが残り続けることから、企画に込めた思いや人柄を伝える紹介サイト代わりとなっているようです。また、これらの豊富な情報源は、新聞や雑誌などのメディアが取材先を選定する際の材料となるため、プロジェクトページがフックとなって取材の依頼が入ることもあります。
ちなみに、侍の格好で日本一周をした経験がある後呂さんは、宿泊者から「どうして侍だったんですか?」と尋ねられ、ひとしきり盛り上がることがよくあるのだとか。
”紀州藩を脱藩して江戸時代から現世にタイムスリップした侍2人”で、日本各地を旅していたそう(photo:samuraipanda2017)
コロナ禍の逆境に屈しない。新店舗「Wine Kumano」オープン
WhyKumanoがオープンして1年も経たないうちに、新型コロナウイルス感染症が全世界で猛威を振るいました。感染拡大の防止のため、2020年4月からWhyKumanoも一時的に休業をせざる得なくなりました。
未曾有の事態のなか、やっとの思いで灯した火が消えてしまわないようにと、休業と同時に“旅先での出会い”をオンラインで擬似体験する「 オンライン宿泊」をスタートしました。連日満員御礼となり大好評だったため、営業再開後も継続。これまで100回近く開催し、累計560人が参加しています。
オンライン宿泊では、少人数制の交流会だけでなく、実来店さながらの館内案内なども実施(photo:丸山 由起)
後呂さんの躍進はとどまることを知りません。
2021年3月31日には、WhyKumano(ワイクマノ)から徒歩45秒の場所に佇む古民家を改装し、飲食店「 Wine Kumano(ワインクマノ)」を開業しました。和歌山在住のインポーターなどから仕入れたこだわりのナチュラルワインと、和歌山や旅先で出会ったおすすめのクラフトビール、地元の食材や調理法でアレンジしながら異国の食事を提供するエスペラント料理などが楽しめる店です。
カウンター席とテーブル席から成る、隠れ家のようなサイズ感が心地よいWine Kumano
後呂さん:
町全体を宿と見立て、点在した観光の要素をつなぐ「まちやど」という考え方がありますが、那智勝浦町はまさにそれができる場所です。駅前や漁港など町のあちこちに温泉の足湯スポットがあり、日本一の水揚げ量を誇る生マグロの勝浦漁港が賑わっていたり、そこで獲れた新鮮なマグロを食べられる食堂があったりして。観光の要素がコンパクトに凝縮されています。その要素をもっと多様化・分散化させて、町の楽しみ方の選択肢を広げようと、WhyKumanoとは別に、この町にあまりなかった要素を組み合わせてWine Kumanoをつくることにしたんです。
現在はコロナ禍で、インバウンドを強みとしてきた熊野は厳しい状況にありますが、収束したときのことも見据えながら、世界遺産・温泉・マグロなどの有名どころだけじゃなく、まだ知られていないディープなところまで、この町の魅力を余さず伝えていきたいです。
さらに、まもなく同建物の2階で、フロア貸切の1組限定の宿もはじめるといいます。
長引くコロナ禍で先が読みづらい状況ではありますが、だからこそ「今すべきことは何か」を熟考し、将来に対する種をまきつづけることは大切なのだと、後呂さんの姿から学ばせていただきました。
クラウドファンディングのプロジェクトページを紹介サイト代わりにたどる旅もいいですね。まだ遠方の旅は難しいタイミングではありますが、“来たるときが来たら”、あなたにとっての「This is Kumano!(これぞ熊野!)」な魅力を探しに、WhyKumanoを訪れてみてはいかがでしょうか。
勝浦漁港の埠頭から見える、額縁で切り取ったような絶景。このような魅力が、熊野にはまだまだ潜んでいます
(text:前田有佳利)