日本各地のゲストハウスを毎月めぐり、地域で面白い活動を企む人たちが垣根を越えて出会える場をつくることで、新たな関係性やプロジェクトの芽を育もうとする企画「ローカルクリエイター交流会 -Guesthouse Caravan-(以下、キャラバン)」。
20カ月目となる今回訪れたのは、“小江戸”と称される蔵造りのまち並みが特徴的な埼玉県川越市。この地にある築100年以上の長屋をリノベーションした宿「ちゃぶだい Guesthouse Cafe&Bar」で開催させていただきました。ちゃぶだいの運営者は、現場・企画担当の西村 拓也(にしむら たくや)さん、女将の戎谷 美野里(えびすだに みのり)さん、建築デザイン担当の田中 明裕(たなか あきひろ)さんの3名です。
イベントの冒頭で、運営者を代表して西村さんより「東京にある通信会社に10年半勤務したのちキャリアチェンジしてゲストハウスの開業に至った経緯は?」や「中庭に眼鏡屋の工房兼ショップがあり、ときどき百貨店イベントも開催する、ちゃぶだいってどんな宿?」といったことをお話いただきました。
西村さんのそのプレゼンを中心に、今回のイベントについてレポートします。
動画には、ちゃぶだいの館内やイベント風景だけでなく、翌日のまち歩きの様子も収めています。
このキャラバンは、MotionGalleryによる「日本各地で誕生しようとしている熱いプロジェクトにエールを送りたい」という思いと、 FootPrintsによる「ゲストハウスを通じて、暮らしの選択肢が広がるきっかけを届けたい」という思いを組み合わせて実施しています。
キャラバン隊として毎月各地をめぐるのは、FootPrintsを運営する前田 有佳利(dari)と、「あなたのまちに、新しい映画体験を」をコンセプトに掲げるマイクロシアターサービスpopcornに携わる梅本 智子(moko)。MotionGalleryの専属サポーターでもあるdari&mokoがゲストハウスの方々にご協力いただき、地域の人と人との新たな接点をつくるべく「ローカルクリエイター交流会」を開催しています。
今回は、川越を拠点に活動する方々を中心とした異業種の約30名にご参加いただきました。交流会の時間になると、複数点在するちゃぶ台を参加者が思い思いに囲み、特製の唐揚げやピクルスなどが盛り付けられたフードプレートとお酒を味わいながら話に花を咲かせていました。
築100年以上になる元肥料問屋だった長屋をリノベーションして誕生した、ちゃぶだい。
参加者全員で記念撮影。前列中央が西村さん、二列目の一番左にいる男性が建築デザイン担当の田中さんです。
フードプレートの準備風景。キャップを被った眼鏡の女性が女将の戎谷さんです。
出会いと別れの繰り返しが、価値観の広がりや帰属意識を生む
さて、ここから西村さんのプレゼンを振り返っていきましょう。
佐賀県生まれ・埼玉県川越市育ちの西村さん。親の転勤に伴い静岡・東京・岡山を経て、小学校4年生の頃から埼玉県狭山市で暮らし、ちゃぶだいのすぐ近くにある県立川越高校に通っていました。大学入学を機に上京し、東京に本社を構える大手通信会社に10年半勤務。2016年年末から地元周辺をフィールドに活動をはじめ、2018年秋に川越にUターン移住し、2018年11月にちゃぶだいを開業しています。
西村さん
これまでを振り返ると、引っ越しの多い人生でした。通信会社に勤務中もシェアハウスやゲストハウスに住んだり、石川や高知とかいろんな地域の活動に加わったり、時には自由大学で講義を担当したり自分で市民大学をつくってみたり、海外の友人のもとを訪ねて何カ国も旅をしたこともありました。幼少時代の引っ越しの多さが原体験となって、自分でも居場所を移しながら地域との関わり方を模索するような暮らしを送ってきました。
転居や旅の数だけ出会いと別れがあり、他者と自身の視点の違いに度々触れることで自分の価値観が広がっていく。その感覚に面白さを感じたと西村さんは振り返ります。また一方で、“仲間”や“居場所”に対する意識が強まり「自分はここの住人だ」と胸を張って言える環境をつくろうと思うようにもなっていきました。
「いろんな人の視点を知りたいという気持ちが自分の行動のエネルギーです」と話す西村さん。
ゲストハウスから出勤!? 多彩な人々の思いや視点が交わる場所をつくりたい
入社して8年目の頃、引っ越しを検討したものの希望の条件に合った転居先が見つからず。そこで偶然思いついたのが「ゲストハウスに泊まればいいじゃないか!」というアイデアでした。
西村さん
住所不定・職ありの状態で、2週間ごとに都内のゲストハウスを泊まり歩きました。日中は会社で働いて、夜は宿に帰宅して。するとさまざまな出会いがあって。「これは面白い!日常なのに旅に出てるみたいだ!」とワクワクしました。こういう暮らしを続けていきたいなと思って「じゃあ自分でゲストハウスを開けばいいのでは?」と閃めいたんですよね。
僕が思い描いたゲストハウス象は、旅人だけじゃなく地域の人たちもやってきて、ワクワクする知らない世界に溢れていて、さまざまな人たちの思いや視点が交わって、それぞれが人生を邁進できるような場所。自分だけじゃなく、みんなが主体的に自由にその場所を使って、そこから何かが生まれていく。そういう空間をつくりたいと思ったんです。
ちゃぶだいの共用ラウンジ。当初の思いを反映したような、さまざまな価値観を共有し合える空間となっています。
この思いのもと、最初は東京で、チームづくりと物件探しをスタート。しかし、オリンピックの誘致確定後の東京は想像以上のレッドオーシャンだったため、東京に地縁がなく大手法人ほどの資金を持たない西村さんチームは大苦戦。結果的にチームは解散し、西村さんは「自分が育んできた人脈と “やりたいこと”のなかで再スタートしよう」と考え、2016年10月末に退職して東京以外の開業地を検討していきました。
「まちづくりキャンプ」で仲間に出会い、地元の魅力に気付く
退職後すぐ、川越市内にある空き物件の活用案を検討する川越市主催の合宿企画「まちづくりキャンプ」が開かれることを知り「川越で開業するかはわからないけど、とりあえず」と参加をしてみることに。このまちづくりキャンプでチームメンバーとして出会ったのが、のちに共同経営者となる戎谷さんと田中さんだったのです。メンバーで捻り出したプランはもちろん空き家を活用したゲストハウスの運営でした。
西村さん
まちづくりキャンプに参加して川越の現状を知ったことで、地元に対するイメージが変わりました。10年前で止まっていた僕の記憶では、古くて閉じた地域だと思い込んでいたのですが、実は毎年成長している観光都市で、今や年間観光客数は730万人を突破しています。でも、日本人が多く約97%が日帰りで、特にインバウンドと宿泊に関して“のびしろ”がある。まちのなかには新しい世代のプレーヤーが増えているし、世代間の交流も多い。川越ってすごくいいまちだなって気付きました。
その後、まちづくりキャンプで題材になった空き家を借りることはできなかったものの、縁あって現在の物件を紹介してもらうことができました。こうして「つながる・たのしむ・ひろがる」をコンセプトに、地域の中や外、さまざまな人とものが出会う空間を目指し、川越でゲストハウスをオープンしました。
古い畳は断熱材にするなど多くの素材を再利用。カウンターのタイルはワークショップを開催して地域のみんなで貼ったそう。
2階にある女性専用の相部屋。円窓や格子窓など、かつての趣が随所に大切に残されています。
裏庭にある小屋を改装し、店主・澤口 亮さんが運営する眼鏡屋の工房兼ショップ「澤口眼鏡舎」も開かれています。
半径500mを意識して考え、地域の日常により浸透した存在へ
「自分たちだけでなく、みんなが主体的に」との思いから、ちゃぶだいでは地域の店主との共同企画や持ち込み企画を積極的に受け入れています。例えば、花屋・雑貨屋・農家など川越を中心とした店主と共同し、宿1階と軒先を用いてマーケットイベントを開催する「ちゃぶだい百貨店」を数カ月に1度のペースで開催。他にも、映画上映・スナック・星空ナイトなどのイベントや、ホスト経験のないコーヒー屋がイメージに基づきシャンパンタワーで来場者をもてなす会「コーヒーホスト」を実施したこともあったのだそう。
最後にちゃぶだいの今後について、西村さんはこう締めくくります。
西村さん
これまでもこれからも、ちゃぶだいは“みんなのちゃぶだい”でありたいと思っています。地域の人たちや旅人が自由に集ってゆっくりできる場所であり、「ちゃぶだいに行ったら何かできるんじゃないかな」と思えるような余白が潤沢にある場所にしたい。そのためにも、ちゃぶだいを点で捉えず半径500mの面で考え、地域の人々の日常にもっと浸透していけるといいなと思っています。
ここ数年で川越市内には、焙煎所や宿泊施設など若い世代が新店舗を次々とオープンさせています。翌日のまち歩きのなかでも、若手を中心に多世代が連携して川越の活気をつくっていく様子が伺えました。約97%の日帰り観光が滞在型にシフトする未来も、きっとそう遠くはないでしょう。
翌日開催したまち歩きの様子。川越のまちには歴史を感じる伝統的な建造物が多数残存しています。
株式会社80%が運営する居酒屋「すずのや」。この場所もまちづくりキャンプをきっかけに誕生したといいます。
出会いと別れを度々経験したことで形成された、価値観の広がりと“仲間”や“居場所”を大切に思う気持ち。世界中の人々が行き交うちゃぶだいという場所が日常のそばにあることで、今後は地域の人々にとっても“仲間”や“居場所”の大切さを認識し、新たな自分と出会える場所となっていくかもしれません。
そして私たちのキャラバンは、今後もまだまだ続きます。
次はきっとあなたのまちへ。
(文/写真/動画: FootPrints 前田 有佳利)