日本各地のゲストハウスをめぐり、地域のクリエイターたちが垣根を越えて出会える場を開くことで、新たなプロジェクトの芽を育もうとする企画「ローカルクリエイター交流会 -Guesthouse Caravan-」。イベントを開催し、前後日程でまちめぐりも行っています。
第14回となる今回訪れたのは、宮崎県日南市の飫肥(おび)城下町に、2019年2月にオープンした「 Hostel Marika」です。運営者は、日南市役所で「日南市マーケティング専門官」を務める田鹿 倫基(たじか・ともき)さん。地域のPRや地場企業の支援、企業の誘致、起業家支援などを行っている行政マンが、ゲストハウスのオーナーを兼業しているのです。
過疎化が進んでいた油津商店街を復活させた立役者の1人としても有名な田鹿さんに、日南市の現状をどうのように捉えて問題解決に取り組んでいるのか、そして、なぜゲストハウスを始めたのかを伺いました。そこには、"安定志向"による斬新な工夫がありました。
動画には、「Hostel Marika」の紹介や、飫肥城下町や油津商店街のまち歩き、「ローカルクリエイター交流会」の様子などをまとめています。
地元の焼酎を飲み比べ!「ローカルクリエイター交流会」第14回 in 宮崎
このキャラバンは、MotionGalleryによる「日本各地で誕生しようとしている熱いプロジェクトにエールを送りたい」という思いと、 FootPrintsによる「ゲストハウスを通じて、暮らしの選択肢が広がるきっかけを届けたい」という思いを組み合わせて実施しています。
キャラバン隊として毎月各地をめぐるのは、FootPrintsを運営する前田 有佳利(dari)と、コンセプト「あなたのまちに、新しい映画体験を」のマイクロシアターサービス popcornに携わる梅本 智子(moko)。MotionGalleryの専属サポーターでもあるdari&mokoが、ゲストハウスの方々にご協力いただき、「ローカルクリエイター交流会」を開催しています。
今回の会場は、「Hostel Marika」に隣接するスパイスカレー専門店「ヒトツブ」。ランチ営業をしている店舗を夕方からお借りしました。地元の酒造組合が営む焼酎販売店で店長を務める照井 絢子(てるい・じゅんこ)さんや、宮崎大学に通う福永 昌俊(ふくなが・まさとし)さんたちと一緒に今後もここをお借りし、「焼酎バー」を時々行う予定なのだそう。そこで今回、地酒飲み放題の「焼酎バー」を同時開催していただけることになりました。
最初に、田鹿さんとdari&moko、そして照井さんから、それぞれ活動の原点についてプレゼン
焼酎販売店で店長を務める、岩手県出身の照井さん。「地域で挑戦する当事者になりたい」と店を継ぎました
宮崎大学に通う福永さん。「焼酎バー」の解説をしてくれました。カウンターには11本の地酒がずらり!
豊かな自然と伝統を持ちながらも、1日2人ずつ人口減少している日南市
スギ丸太の生産量において27年連続全国トップを誇る宮崎県。特に日南市は、県の特産品である飫肥スギ誕生の地として有名です。「Hostel Marika」がある飫肥城下町は、重要伝統的建造物群保存地区を保有しており、マップ片手に食べ歩きを楽しむ観光客と度々すれ違います。電車で2駅隣には、広島カープのキャンプ地として有名な油津駅があります。真っ赤な駅舎や歩道など、まちの至るところが広島カープのレッドに染まっています。
そんな日南市の現在の人口は、約5万2000人。他のローカル同様に少子高齢化の課題を抱え、平均すると1日2人のペースで人口減少が進んでいると言われています。
「Hostel Marika」から歩いて飫肥城跡へ。景観が守られ、高い建物がないため、空が広く感じます
飫肥城跡内。苔むした大地に力強く根を生やした飫肥杉。なんとも神秘的な光景でした
乗車10分で、真っ赤な油津駅を観に行くこともできます。歩いてすぐの場所に油津商店街があります
企業を誘致し、人口ピラミッドをドラム缶状に。持続可能なまちをつくる
田鹿さんは、宮崎大学を卒業後、日本や中国の民間企業で経験を積み、日南市役所の「日南市マーケティング専門官」に任命され、宮崎県に戻ってきました。日々人口が減少する日南市をどうすれば持続可能なまちにできるかを分析し、仮説に基づいた施策を実施して、検証するというサイクルを業務としています。
田鹿さん
持続可能なまちにするには、人口のバランスが大事です。日南市の人口ピラミッドを見ると、結構でこぼこしてます。こうると、あらゆる無駄が起こります。例えば、廃校や廃園。昔は子どもが多かったのに、そのあと少なくなるから、学校がいらなくなる。ずっと少ないまま、もしくはずっと多いままだったら、無駄は起きません。
今は高齢化が進んでいますが、50年後はお年寄りさえ減って、今度は老人ホームの廃館が出てきます。年齢別人口構成に偏りがあるから、こういう問題が起こるわけです。なので、極論をいうと人口ピラミットがドラム缶状を保てたらいい。それができれば、インフラも有効活用でき、まちの財政にも負担をかけずに済みます。
だから、今すべきことは、凹んでいる年齢層を均すこと。つまり、20代30代の移住者を増やし、彼らが出会える場をつくって出産や育児環境を整えることで出生数を担保することです。これらをやっていけば、人口は減っても、人口バランスは整っていきます。そうすれば、持続可能性の高いまちになっていくというわけですね。
普段朗らかな性格の田鹿さんから、次々と論じられる鋭い分析に、交流会の参加者は引き込まれていきました
この分析に基づき、田鹿さんは約3年間で15社のIT企業を誘致。その結果、Uターン希望者の転職ニーズにも合致し、これまで140名ほどの雇用をつくり出しました。そのうち90%は20代30代の若者です。さらに、地元で就職する高校生も増え、県外流出は着任前の約40%にまで抑えられているといいます。
ゲストハウスを始めた理由は、5つの"安定志向"から
このように「日南市マーケティング専門官」として市役所に勤め、地域のことを考えて日々過ごしている田鹿さん。なぜ、ゲストハウスを始めることにしたのでしょう。その理由は5つ。あえて"安定志向"という意外なキーワードを用いて、それらを解説してくれました。
田鹿さん
1つ目は、民間の仕事もしたかったから。2013年9月に「日南市マーケティング専門官」を仰せつかって、民間企業を離れて5年。行政と民間、両方の働き方を知っていることが今後の人生の選択肢を広げるという"安定志向"から、民間の事業を兼業することにしました。ここで言う"安定"とは、所属する組織の大きさや雇用形態ではなく、人生において選択肢が多いことです。
「Hostel Marika」のエントランス。老朽化した外観からは想像できないほど、内装は洗練されたデザインです
個室を主とする全8室の寝室があります。飫肥スギの木目を生かした家具が映えます
共有スペースにはキッチンも付いています。天井を覆うドライフラワーが印象的です
2つ目に挙げたのは、タイミングの良さです。毎年2月の日南市には、広島カープ、西武ライオンズに加え、Jリーグもキャンプに訪れます。ホテルは球団関係者や報道陣で埋まってしまうため、これまで慢性的な宿不足でした。
ちょうどそんな時、地元高校の寮だった物件に出会えたこと、内装デザインから建築を受けてくれる建築士が日南市にUターンしたこと、コンセプトメイキングからプロジェクトマネジメントまでできる方が日南市に移住したこと、さまざまなタイミングが揃ったのです。
田鹿さん
多くの人は自分がやりたいときに始めがちですが、自分がやりたい時と環境のタイミングが一致しているとは限りません。環境の変化を見ながらベストだと思う時に始めることで、たとえ失敗しても傷を最小限に留めることができます。
この物件との出会いは、高校生向けの寮を営んでいた大家さんから運用の相談を受けたことだったんです。そこで、物件を借りて、リノベーションすることにしました。以前から入っていたクリーニング屋さんには一角をお貸ししたまま、一部を高校生の寮として継続して使い、一部を「Hostel Marika」に、残りを若手起業家まで対象を広げた寮として運営することにしました。
通常、ゲストハウスには、家賃や内装費といった減価償却費などいろんな固定の費用があって、毎月変動する売上から支払わなくてはなりません。ですが、ここは寮や店を併設しているおかげで、固定費を固定の家賃収入で相殺することができます。大きく儲かることはないですが、できる限り赤字にならないやりくりが可能です。そんな条件が揃った物件でした。だから、これも"安定志向"ですね。
正面右手にはクリーニング屋。左の階段下をくぐって奥に進むと宿。階段上は寮(画像提供:Hostel Marika)
階段下をくぐった先には、もう1棟の寮があります。配色と形が、まるで演劇の舞台のようです
利益を地域に投資したい。宿のコンセプトは"架空の女性の家"!?
田鹿さんがゲストハウスを始めた3つ目の理由は、地域経済に貢献するため。素泊まりの宿を運営することで、宿泊者は必ずまちで食事をします。またシーツの洗濯などは地元のクリーニング屋に依頼することで、クリーニング屋の売上も安定します。
「地域に貢献して、まちの人に『まぁ、悪いやつじゃないかもな』と思ってもらえたら、もし僕が路頭に迷ってもバイトで雇ってもらえるんじゃないかって。だから、これも"安定志向"なんです(笑)」と冗談めかして付け加えました。
4つ目は、自身も地域で起業するため。「地域で起業もしたことのない人が、地域の起業家の支援なんかできないだろうと思って」と田鹿さんは話します。そして、最後の5つ目は...
田鹿さん
利益を地域に投資したかったから。これが最大の理由です。先ほどお話したように、それほど儲かる事業モデルではないですが、今は毎月数万円の利益が出ています。それを自分じゃなく、地域の価値を上げる投資に使っています。
日南市のような田舎のまちが存続するためには地域の価値に投資する以外ないんです。そして、その地域の価値が「人」です。日南市は地域資源に恵まれた土地です。その地域資源を最大活用できる人を育てることが地域における最大の投資です。
このようにして、地域経済が循環してまちが元気になれば、僕が老後を迎える頃、若い人たちが社会保障費をちゃんと払ってくれるわけで。僕の老後も安泰です。
“安定志向”というキーワードで展開された、行政との2足のわらじで「Hostel Marika」を運営する理由には、地域に対する田鹿さんの熱い思いがはしばじに込められていました。
田鹿さんのプレゼンの熱量を受け、「焼酎バー」を堪能しながら、交流会はさらに深まっていきました
ちなみに、宿名の「Marika」は奥さんの名前などではなく、驚くなかれ、宿のコンセプトが、"架空の女性・Marikaの家"なのです。国境を越えて人々が集える場になってほしいと、人物名として各国で馴染みのある名前を選んだそう。
「日南市マーケティング専門官」との兼業で宿を運営しているため、チェックインの対応以外はオーナー不在となってしまいがち。そこで、快適な空間を保ちながらスタッフの無人化を図ろうと、館内のところどころに日本語と英語で綴った置き手紙のような文面を残し、人の温もりを感じられる空間づくりに挑戦しています。
例えば「遊びに来てくれてありがとう。あなたを心から歓迎するわ。留守にしてしまってごめんなさい。素敵な時間を過ごせますように。真心をこめて。Marika」といった具合に。
そして私たちのキャラバンは、今後もまだまだ続きます。
次はきっとあなたの街へ。
(文/写真/動画: FootPrints 前田 有佳利)