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INTERVIEW - 2015.10.17

“映画祭だけではもったいない。” 映画『独裁者、古賀。』全国劇場公開へと至る道。

飯塚俊光監督が手掛ける初の長編映画「独裁者、古賀。」は、伊参(いさま)スタジオ映画祭シナリオ大賞を2012年に受賞し、翌年の映画祭でプレミア上映されるために制作された作品。この映画を、一般の映画館でも公開するための費用はクラウドファンディングで調達されたものです。ふだんは上映されない映画を、公開するまでにどのような活動を行ったのか。

飯塚俊光監督が手掛ける初の長編映画「独裁者、古賀。」は、伊参(いさま)スタジオ映画祭シナリオ大賞を2012年に受賞し、翌年の映画祭でプレミア上映されるために制作された作品。この映画を、一般の映画館でも公開するための費用はクラウドファンディングで調達されたものです。ふだんは上映されない映画を、公開するまでにどのような活動を行ったのか。

監督の飯塚俊光さん、プロデューサーの露木栄司さんに、劇場公開にこぎつけるまでの話を伺いました。

学校ではまず「埋もれない」ことを意識した

大高 今回、「独裁者、古賀。」のプロデューサーを務められた露木さんは、飯塚監督が通われていた映画学校で講師をされていらっしゃるそうですね。

飯塚 もともとは映画学校の先生と学生という関係です。露木さんは通っていたニューシネマワークショップ(NCW)のディレクターをされています。「独裁者、古賀。」のシナリオが伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞2012で大賞に選ばれ、製作資金が提供されることとなり、製作をどうしたものかと思って相談したんです。

露木 NCWはおかげさまでこれまでに映画監督やスタッフ、映画配給宣伝のスタッフを多数輩出しています。「神様のカルテ」の深川栄洋監督や「宇宙兄弟」の森義隆監督、最近だと「死神ターニャ」の塩出太志監督など、現在、映画界で活躍するOBの監督も多いです。そんな中で、飯塚監督をはじめOBの小規模な作品のプロデュースを引き受ける事もあります。

大高 そもそも、飯塚監督が映画の学校に通おうとしたきっかけは何だったのでしょうか?

飯塚 もともとは、映画が好きだったのですが、学生時代は特に映画に携わろうとは考えていなかったんです。ところが、就職して何年かしてから、どうもこの世界は自分には合わないな……と。その時に昔好きだった映画を作ってみたいと、あやふやながら考えるようになりました。映画学校をいくつか検討してみたのですが、その頃、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)で「はっこう」(06)でグランプリを取った熊谷まどか監督の存在を知り、この学校に通っていたこと知ったんです。どうせやってみるなら名門がいいだろうと。夜間の授業というのも働いている身分には都合がよかったですし。

大高 映画の世界へと突き動かした作品はどんなものだったのでしょうか?

飯塚 はじめは普通にハリウッド映画です。「ターミネータ2」や「インディペンデンス・デイ」や「ミッション・インポッシブル」がスタートだったんですけど、映画を好きになってくと、やっぱり大作だけじゃ物足りなくなっていくんですよね。そこでクエンティン・タランティーノ監督、ロバート・ロドリゲス監督作品などを見はじめるようになりました。そして、同じ時期に北野武監督が「キッズ・リターン」を作った。これが衝撃的で、そこから邦画にも関心が向かうようになりました。SABU監督のものや、篠原哲雄監督の「洗濯機は俺にまかせろ」とか、少しずつ好きな路線が定まっていってますね。

大高 篠原監督といえば伊参シナリオ大賞の話にもつながって行きますね(笑)。ちなみに、学校に通い制作現場を学んで行く中で、見る映画や好きな映画などに変化があったりしましたか?

飯塚 学校に通い始めて意外だったのは、小津安二郎やジャン=リュック・ゴダールなどの監督作品が好きな方が多かったことですね。自分も嫌いじゃないんですが、「みんなと一緒にこの方向に足を向けると“埋もれる”な」と思ったんです。いかにも王道の、たとえば「アルマゲドン」みたいな作品を志向してみた方が、じつは目立つんじゃないだろうかって考えたんです。なので、変わったといえば変わったんですが、戦略的な理由で変わった。ほかの映画学校も同じだと思うんですが、ニューシネマワークショップって、クラスの中で監督って選抜されるんですよ。全員が監督になれるわけではないんです。

露木 NCWの映画クリエイターコースでは、最初の半年間のクラスで全員が小さな作品をつくるのですが、次の半年間では10人にひとり監督が選ばれ、グループを編成して映画をつくるんです。それに飯塚監督は、3人監督のうちのひとりに選ばれました。飯塚監督の最初のコースの作品は微妙でしたが・・(笑)、次のコースではシナリオが面白かったので選びました。

飯塚 シナリオが選ばれて作った「SEMICONDUCTOR」は、2009年に西東京市民映画祭の自主制作映画コンペティションで入選することができました。

大高 結構激しい競争が入学後にもあるのですね。先ほどお名前が出た塩出監督の作品をクラウドファンディングさせて頂いた時もお話を聞いていて思っていたのですが、NCWは卒業後も、生徒と学校の関係性が続いているというか繋がりをすごく感じているのですが、何か仕組みなどがあるのですか?

露木 OBが所属する「制作部」というのがあります。学校を終了しても継続的に映画作りの経験を積んでいく。そういう「場」を提供し、サポートする事が、OBの活躍につながっているんだと思います。

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続きは、映画.comコラム:メイキング・オブ・クラウドファンディングへ


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