「それぞれの死の事情」
vol. 6 2017-07-08 0
マハーバーラタ稽古場日誌、本日は小谷野哲郎さんの投稿です!
***************************************
さて、マハーバーラタという物語そのものが大戦争を中心としたものであって、さらに今回はその最終章「戦争は終わった」ということで、主要キャラクターの死の場面が続きます。マハーバーラタの中でも、それだけで数時間の作品になるような名場面の連続です。しかし、それぞれの死の背景には様々な事情が…
例えば、マハーバーラタ随一の名場面である、パンダワ兄弟の三男英雄アルジュナの息子、アビマンニュの死。
コーラヴァ軍の計略により父アルジュナが遠くに引き離されてしまったところを総攻撃にあった本陣を守るべく、敵の陣形に突っ込んでいくアビマンニュ。陣形を破る術は父から教わっていたものの、そこから逃れる方法はまだ知らされていなかったアビマンニュは、退却する味方軍のしんがりを引き受け退却させるものの、自身は敵陣深くに取り残されてしまう。そこを戦場のルールを無視した多勢に無勢の攻撃を受け、串刺しになって死んでいきます。
なんとも遣る瀬無い無残な少年の最期ですが、実はこの死は、アビマンニュ本人がその原因を作ったものでもあるのです。
アビマンニュがウッタラ姫と婚約をする際、それより前に結婚をしていたにもかかわらず、独り身であると嘘をつきます。そして、もしそれが嘘だったら自分はクルクシェートラの戦いで串刺しになって死ぬ、という誓いを立ててしまったばかりに、その誓いがここで成就してしまったという事情があったのです。
また、パンダワ兄弟の次男ビーマの最初の息子ガトーカチャ。物語の中では魔物一族であるヒディンバーとの間に生まれ、空を飛ぶことができる、とのことですが、おそらくは森に住む先住民族の一族でしょう。森に入ったが最後、木から木へと飛びうつりつつ打ち注がれる矢にはどんな強力な軍隊でも太刀打ちできなかったはずです。そのガトーカチャが、父とその一族の危機に際して自分たちの軍隊を引き連れて加勢しに来ます。コーラヴァ軍の英雄カルナ率いる軍勢は全滅の危機に瀕し、ついにカルナは一度しか使えない必殺の武器、インドラ神から授かった槍をガトーカチャに向けて放ってしまいます。ガトーカチャはその槍に貫かれ、最期を迎えるのです。
このガトーカチャの死は、実は、パンダワ軍に加勢していたアルジュナと並ぶ英雄であり、ウィシュヌ神の化身でもあるクリシュナの計略によるものでした。
クリシュナはカルナを警戒し、その必殺の武器をなんとか使わせてしまおうと策略を巡らし、ガトーカチャとその軍勢を密かに呼び寄せ、カルナにけしかけたのです。止むに止まれず必殺の武器を使ってしまったカルナは、後の戦闘でライバルであるアルジュナの矢に斃れます。もしこのときに必殺の槍がカルナの手にあったらどうなっていたことか。
しかし、愛する息子を計略に使われ、失ったビーマの胸中やいかに。
クリシュナはウィシュヌ神の生まれ変わりとして多大なる尊敬を集めていますが、なんとも腹黒い、というか、数々の謀略をめぐらして、この戦争を裏で操っている存在でもあります。その真意は?それはまたいずれの機会かに回すとして、もうひとつ、クリシュナの計略により死を迎えた、コーラヴァ軍の大元帥ドローナの死を紹介します。
ドローナはパンダワ5兄弟や、ドゥルヨーダナ、カルナといったコーラヴァ兄弟とその仲間たちの武術の師匠でもありました。それが大戦争においては、最初のコーラヴァ軍大元帥ビーシュマの死の後、大元帥として立ち、パンダワ軍と戦います。
さすがのドローナ、パンダワ軍はなかなか敵軍を打ち破ることができず、アビマンニュまで失ってしまいます。
なんとかしてドローナを討ち取るべく、クリシュナはドローナの息子アシュワッターマンが死んだと嘘の情報を流すよう進言します。
しかし、これは戦場のルールからは大きく逸脱すること。パンダワ兄弟はこれを拒絶しますが、それしか方法はない、と、押し切られてしまうのです。
決して嘘をつくことのない長兄のユデイシュティラが言えばさすがのドローナもこれを信じるだろうと、一頭の象に「アシュワッターマン」と名付け、これを殺し、「アシュワッターマンは死んだ」と流言を広めます。
これを聞いたドローナは、ユデイシュティラに確認すると、「アシュワッターマンは死にました」と答える。小さな声で「しかし、象のアシュワッターマンですが…」と付け加えたことは耳に入らず、息子が死んだと信じて戦意を喪失したドローナは、パンダワ軍の大元帥ドリシュタデュムナにあっけなく討ち取られてしまうのです。
というように、それぞれの死の背景には、様々な事情があり、これを知ることで物語を見る目がぐんと深くなります!
知れば知るほど、今の我々の常識では考えられないようなことが裏では行われていたり、なかなかに深く面白い場面のつづくマハーバーラタ最終章「戦いは終わった」、公演をお楽しみに!!
こやの
アビマンニュの死と、これを嘆く父アルジュナ
ガトーカチャに向けて必殺の槍を投げるカルナ